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「いってらっしゃいませ、ゆずりは様」

運転手が、空港の車寄せでもぴしっと45度礼をキープした。
せっかく時間稼ぎに桐皇に寄ったのに、まだ11時を少しすぎたばかり。いささかウチの運転手は優秀すぎる。

「ん、ありがと」

キャリーバッグの取っ手を引き出して、車輪をのろのろと転がしながら、わたしは第一ターミナルと書かれた自動ドアをくぐった。



本当ならアメリカ行きは1週間前の筈だった。青に最後に会った、あの日。
けれどわたしが、試験は受けたいと散々ごねた結果、合格発表のあった今日に出発が引き延ばされたのだった。

半年間の努力を水の泡にしたくなかった。
青との時間を無駄にはしたくなかった。

結果はどうあがいても変わらないし、ただの自己満足にすぎないのだけれど。
それでも、特待枠にわたしの受験番号が載っていたのを見たときは、救われた気がした。


はあ、と深く息を吐き出す。
どこかで時間を潰せないかと場内図を見れば、5階には展望ラウンジがあるらしかった。

あと30分、そこでぼんやりしよ。

よっこいせ、と重いキャリーを持ち上げて、上へ続くエスカレーターに乗った。



微妙なシーズンだからか、ラウンジにはあまりひと気は無い。
分厚い大きな窓ガラスの前に、ずらりと椅子が並んでいる。その中のひとつに腰掛けて、外を見た。

雪が降る中を、飛行機がゆっくりと旋回して、滑走路に向かうところだった。
白っぽい空に、白っぽい機体に、白っぽい雪。ひたすら色のない世界に、なぜだか涙が出そうになった。


わたしの選択は、正しかったのだろうか?


夏の帰省の時……青と初めて会った日も持っていたキャリーバッグに問うてみる。

俊一郎さんとの婚約を破棄しないで、桐皇で3年間学園生活を送る道もあった。
メイちゃんと仲良しして、念願の1人暮らしをして、

きっと、青と恋愛をしたのだろう。


けれどその後別れて、姓は「渡」のまま俊一郎さんと結婚して、社長夫人としての生活が待っている。
わたしにそれが耐えられる訳がない。互いに望まない別れで、未練が残らない訳がない。


でも、「何もない」今なら、「想いを寄せてくれた友達」だと言える今なら、綺麗な思い出として終わらせられる。

突然わたしが消えて、彼は戸惑うだろう。怒りもするだろう。
それで、いい。

別れなんて告げたら、日本から離れられないから。



ふと、ラウンジの空気が揺れたような気がして、後ろを見る。相変わらず閑散とした空気に包まれている。気のせいか、そう思ったときのことだった。


「ゆずりはっ!」


ねぇ、青。

いつから名前なんて呼ぶような関係になったんだっけ?







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