76
アメリカに、留学?
桐皇じゃなくて?
今までの時間は、俺は、一体何だったんだ?
頭がまっしろになって、言葉なんて出てこない。
【いきなり音信不通になるのは、酷だと思ってね。これだけは君に伝えたくて、待ってたんだ】
「……おい、どういうことだよ。 何で渡は、」
【詳しい説明をしてる時間はない。急がないと、ゆずりはは君に別れも言わず行ってしまうよ? それに、帰国する見込みは到底ない】
今行かなければ、二度と、会えない?
「教えてもらって……いいすか」
【勿論だ。ゆずりはは12:54発、JAMの354便に乗る。アイツのことだから、搭乗手続きはギリギリまでしないで、待合とかをぶらついてるだろうな】
「搭乗手続きって何分前に?」
【普通は1時間半前くらいには済ませる。ファーストだと45分前が最低ラインだ】
ファーストクラス。そういえば渡って金持ちだった。
【桐皇から空港までリムジンで2時間ちょっとだから……ゆずりはは11時すぎには着いてる。君はかなりギリギリだと思うけど。空港までの交通費が結構かかるから、5千円くらいは持っておいた方がいいな】
携帯を耳と肩の間に挟みながら、ジーンズだけ履き替える。あとはもうジャンパーでごまかすか。
「……ひとつ、聞きたいんスけど、渡のアメリカ行きっていつから決まってたんスか」
【2週間ちょっと前に、婚約破棄の条件として、ゆずりはが自分で決めたよ】
じゃあ、頑張れよ。
兄貴はそう言って、ぶつりと電話を切った。
静寂が訪れる。
今は考える時じゃない。
とにかく急いで、渡と顔を合わせて、話はそこからだ。
あと……そうだ、マフラー。
真っ赤なマフラーだけ引っつかんで、階段を駆け下りて玄関に出る。さつきだかお袋だかの制止が聞こえたような気がしたが、そのまま家を飛び出した。
灰色っぽい牡丹雪が降る中を、俺はただひたすらに走り出した。prev/next
back