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一通り説明を終えたときには、渡のアイスは綺麗さっぱり無くなっていた。

「パス回しに特化した選手ねぇ……つか影とか光とか相棒とか、本気でやってたの?」
「……お前にはわかんねーよ。どーせな」
思いっきりコーラを飲み干すと、渡は慌てて手を振った。

「ごめんごめん、怒んないでよ。馬鹿にした訳じゃないって。ただ、凄いなと思っただけ」
「凄い? 何が」
「やってる方は分からないと思うけどさ、何かひとつのことを一生懸命できるのって、凄いことだよ」

頬杖をついたまま、渡はそっと目を伏せた。
驚くほど弱々しいその仕草に、思わず見惚れてしまう。

綺麗、だ。


「ほんと、何なんだろうね……親に刃向かったり悪事に手を染めたりしてただけで、なにひとつ、本気で打ち込んだものがないんだわ」

ぱちりと開いた目が俺を映す。
黒目がちなそれにまじまじと見つめられ、少しぎょっとした。
何だ、この違和感は?


「俺だって、中2から本気でバスケなんてやってねぇけど」
「じゃあ青、いつからバスケ始めたの? それまでの努力があって、調子こいてられるような才能を手に入れたんじゃないの?」
「……そうかもな」

違う。
そうじゃない。
この違和感の解答は何なんだと『何か』が俺を急き立てる。


「はぁ。すごい羨ましいんだよね、そうゆうの」
「……珍しいな、お前のシリアス。どうしたんだよ。なんかあったのか?」
渡ははっとしたような顔をして、ぎこちなく前髪を触った。

「ちょっと真面目に話しただけなのに、そんな心配そーに見るとかひどくない? わたし、どんなイメージなんだか」
「はぐらかさないで、言えよ」

最近やっと気付いたが、渡は話をかわすのが上手い。
都合の悪いときはわざとおどけてみせて、それにツッコミを入れさせてる間に、違う話を振る。そのときには相手は、前の話なんて忘れてるっていう寸法だ。


「……やっぱ母親に、この前のこと怒られて、受験1週間前くらいは家から出るなって言われた」
「……そりゃお前にとっちゃ大したことだな」
「でしょ? 耐えられる気がしないもん、わたし。まーそんなわけで、今日もそろそろ帰んなきゃなんだよね」
「マジか」

ごまかせるのは6時半で限界。渡はそう言いながら、席を立った。

「つまり今日は最後の晩餐だったって訳なんすわ」
「んな大げさな」
違和感の影がどんどん濃くなってくる。
なんでもいい、何か言わないと、引き止めねぇとーーー

「試験結果はメールするから。
それじゃあまたね、青」


とうとう違和感の正体は分からずじまいで、時間切れのブザーが鳴り響いた。



「…あ、また忘れていきやがったアイツ……」

からっぽな空間に、真っ赤なマフラーだけがぽつんと取り残されていた。



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