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「親父、ずいぶん前にさ、アメリカの叔母さんの家に留学するって話あったよね」
母親は「妹の……!?」と疑問符を浮かべた。

アメリカに住む母親の妹のところへ留学してみないか、と提案されたのは3年前……清桜に受験する前だった。当時はもちろん反抗した。

けれど、留学が思いつくかぎりの策のなかで最善に思えた。

「何でまた、急にそんな話を掘り返すんだい? 物凄い嫌がられた記憶があるんだけど」
親父も意図をはかりきれないのか、首を傾げている。


「わたし、アメリカに留学したい」

理解が追いつくまでの、僅かな沈黙の間に言い終わらなければ。
「青と一切連絡を絶つって約束する。…いいよ、携帯だって解約するから。今まで不良少女やってきたけどそれも辞めるし、勉強だって頑張る。

だから、引き換えに俊一郎さんとの婚約を解消してほしいの」


アメリカは、自由の国だという。
ちっちゃい日本の面倒なしがらみから、わたしを解放してくれるだろう。
遠い、遠い、異国の地ならきっと、誰かの感情なんて忘れられる。

わたしの、今にもこぼれそうなこの気持ちも、きっと。


「本気かい?」
早いとこ我に返ったらしい親父に……わたしは頭を下げた。

「お願い、親父。アメリカに行けるんだったらどんなコネでもいい、ちゃちなプライドなんて捨てるから……っ」


母親の座る方から、からん、と金属が落ちる音がした。

「そんなに……頭を下げるほど嫌なの……何であなたはいつもいつも反抗して、親への恩も忘れて自分勝手でっ!!」
「恭子さん、少し落ち着いて」

ヒステリーを起こす母親を抑えるかお兄に感謝しつつ、頭を上げると、親父は寂しそうに眉を寄せていた。

「……そうか。それが実行できるなら、妥当な交換条件だな」
「あなたっ!?」
母親の悲痛な叫びが聞こえた。

そりゃあそうだろう。もしわたしが結婚せず、ずっと冷遇してきたかお兄が家を継いだら、母親に経営権も資産も回ってくるはずがない。


「承諾してくれるなら約束してよ、今」

「……分かった。アメリカ行きと引き換えに婚約を解消することを約束する」



思えば15年間、自分でここまで大きな決断を下したのは初めてだった。



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