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「……じゃあ、最初に言っておくけど、わたしは彼とは付き合ってない」
母親は、言った途端に訝しげな顔をした。
「根拠は提示しようがないけどさ、疑うならかお兄に聞いてみてよ。一度会ってるから」
「薫くんが?そうなの、薫くん」
「ああ、偶然、一度だけ。少し話もしましたが、悪い奴じゃないですよ」
でも、かお兄の答えは、「ゆずりはと付き合ってるか否かは、俺には何とも言えませんね」とだけ。
かお兄の曖昧な答えにがっかりしている自分に気付き、思わず苦笑した。
そうか、わたしはかお兄に決めてほしかったんだ。
わたし達の微妙な関係の名前を。
これからどう決断するべきなのかを。
かお兄の眼差しが『甘ったれんな』と言っているようだった。
「だそうだよ、ゆずちゃん。しかも、聞いたところによれば、お前は彼の進学先と同じ高校を志望しているそうじゃないか。仮に今、ゆずちゃんの言うとおり何も無かったとしても、彼と学校生活を送った3年後も同じことが言えるのかい?」
追い打ちをかけるように親父に懸案事項を言い当てられ、何も言えない。
それは確かに、ずっと心のどこかで思っていたことだった。
このまま行けば、青と付き合わないなんて選択肢は無いに等しい。当初の予定なら、好きなように青春した後、卒業式ですっぱり終わらせるつもりだった。
けれど、これから、わたしはそんなことが出来るのだろうか?
青は、わたしのことを「飽きて」くれるのだろうか?
「……わかんない」
「そうか。それじゃあ、僕との約束は破ることになるね? お前にあげられる自由な時間は3年限りしかないんだから」
「ねぇ、親父……」
「ゆずちゃん、今更になって婚約破棄は許しませんよ」
まさに言おうとしていたことを、今まで黙っていた母親は強く言い放った。
「心変わりしたからやっぱりやめた、なんて俊一郎さんに失礼極まりないっ!」
「ムキになりすぎだよ母上。そんなことは言われなくても分かってる」
ほっとしたような母親を見ながら、強く思った。
わたしは、反抗なんていいながら、所詮は『渡』から抜けきれていないのだと。
今、決める時だ。prev/next
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