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「渡、着いたぞ」

さらに痛みがひどくなってきた頭に、くぐもった青の声が振動として響いた。ゆらゆらする意識がだんだんと戻ってくるのを感じる。


あれ?なんで声、直接聞こえるんだろ?

「……起きろっつってんだろ」

ああ、まただ。
一体わたしはどこで寝ているのだろう。目を開ければ済む話だけど、妙な倦怠感がそれを阻む。
重いまぶたを開けようと四苦八苦していると、急に腕がぐっと引き上げられ、身体が浮遊感に包まれた。


冷たい空気が流れこみ、ほどよかった気温が一気に下がった。
エンジン音が遠ざかっていく。
それが外に出たからなのだと気付き、同時に自分がどういう状況なのか理解した。

ゆっくり目を開けると、視界いっぱいに青の首筋が広がっていた。


「お姫様抱っこ、できるんじゃん」

「……お前が俺の膝の上なんかで気失ってるからだろ」
青は気まずそうにそう言うと、わたしの膝裏から手を外し、壊れ物でも扱うかのように地面に下ろした。カバンも一緒に手わたされ、青の筋力を疑う。

「…ごめん。あれ、膝だったんだ。寝心地いーなとは思ったけど」
「………」
青の体温はなんとなく残ったままだ。
成り行きとはいえ腕につかまり膝枕にお姫様抱っこ。ここまでくれば当然か。


わたしはぶるん、と頭を振った。

「あ、そーいえばタクシー代……」

「んまあ! どうしたのゆずちゃん、ふらふらじゃない!」
立て替えてくれちゃったの、という言葉は続かない。

「母上……今日はお出かけじゃなかったっけ」
「何言ってるの、今日はまだ15日よ。叔母さんのお家にお邪魔するのは明日。……それで、そちらは?」

母親は険しい顔で青に目をやる。
わざわざ玄関まで出てきたのも、防犯カメラにわたしを抱える青が映っていたからなのだろう。

かなり、まずい。


「えっと…図書館で具合悪くなっちゃって、ここまで送ってくれたの」
青は母親に戸惑いながらも、軽く頭を下げた。どうすればいいんだとちらりと視線を送ってくる。

わたしも、この場の打開策は見つからない。

「それはわざわざありがとう。家の者にお宅まで送らせましょうか?」
さらさらそんな気は無いくせに母親はそんなことを言う。

「…いえ、電車で帰るので大丈夫です」
「そう。悪いわね」
母親は冷たく言い放ち、数歩踏み出して、わざとらしくわたしの肩を抱いた。

反射的にそれを振り払う。

「離してうっとうしい」
「なっ!」


「……ごめん、青」

青は何も言わずに背中を向け、去っていった。



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