65

学習スペースで響き続けるシャーペンの音を聞きながら、頬杖をつく。
なんか頭ガンガンするなぁ。
ちょっとだけ、と唱えながらわたしは勉強道具の上に頭を預けた。

けれど、ここでわたしの明瞭な記憶は途切れることになった。



「おーい寝んなー。起きろ」
隣に座ったらしい青の声がぼーんぼーんと曖昧に反響している。
「……んー、あと5分」
「古典的なボケをかますな」

ゆるゆると上体を起こそうとした途端、頭の軸に鈍い痛みが走った。
それに顔をしかめながら目を開けると、広がっていたのは奇妙にピンぼけした視界で。

「寝てるなんて珍しいな。つかお前、顔真っ赤だぞ」
「……え? さむいけど」
青の驚いたような顔すらも微妙にぼやけて、ぐらりと視界が揺れた。


あ、落ちる。

けれど、そう思った瞬間、何かがぽすんと衝撃を吸収した。
「渡!?」

たじろいだような声が空気を介せず直接響く。どうやら青の上に倒れこんでしまったらしい。
左肩に感じる体温は、わたしを受け止めてくれた青の手だろうか。寒気が止まらない体に、ちょうどいい。

「……ごめ…くらくらして…」
起き上がろうとすると、肩をつかんでいたその手はわたしの額に当てられた。
「あっちーな……かなり高いぞ、熱。具合悪かったんなら帰りゃいいのに」
「さっきまでは平気だったんだけど…」

わたしが具合が悪いなんて言えば、あの過保護な親どものことだから家に縛り付けるのは目に見える。
それが嫌だから頭痛も放置していたのだ。

「今回ばっかりは家に帰りたくねぇとか言うんじゃねーぞ、病人」
「…まさに今そう思ってた」
「バカかお前。そんな熱じゃ何もできねーよ。今日はもう大人しく帰んぞ」
青はそう言うと椅子から立ち上がり、カバンを肩にかけた。

痛む頭をおさえながらしぶしぶと勉強道具を片付けていく。机の上にカバンごと放り出しファスナーを閉めると、それはひょいと持ち上げられた。

「……ども」
「別にこんくらい構わねーよ。それより、立てるか?」

青は違和感なくすっと手を差し伸べた。
これ、天然でやってたら相当だな。
「へーき」

意外といけると思ったのにやっぱり歩くとふらふらした。図書館がバリアフリーであることを初めて感謝しつつ、出口に向かおうとすると、青は不意に踵を返した。


学習スペースから戻ってきた青の手には、わたしのマフラーが持たれていた。
「忘れもん。椅子の背もたれに掛けっぱだったろ?」
「あ、すっかり忘れてた」

紫がかった赤の、シンプルなカシミアのマフラー。私服に合わせるのは抵抗があるけど、暖かいし、紺一色のセーラーによく映えるからお気に入りだ。

「寒いならこれ巻いとけよ」
ふわっと微風が通り抜けたと思ったら、マフラーを綺麗に一周ぶん巻きつけられていた。身長が2m近いとこんなことも出来るらしい。

「意味わかんないとこで器用だね」
「褒めてんのかそれ」
前に垂れ下がった2本の余りの部分をきゅっと結び、顔をうずめる。


とっても、あったかい。



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