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耳がつまるような静けさ。
お茶碗を畳の上に戻すと、かたり、と微かな音がした。
防音壁に囲まれたこの四畳半の和室は、父方のおじいちゃんがわたしのために造ってくれた部屋だ。
おうちでお抹茶が飲める部屋が欲しい、わたしがそう言ったのは10歳の誕生日の時だったか。
ひとりになれる場所が欲しいとは言ってないはずだけれど、おじいちゃんは音が聞こえないようにと防音壁もつけてくれた。
もしかしたら、当時から続いていた家の内情を慮ってくれたのかもしれない。
おかげで大晦日の屋敷の騒がしさも全く聞こえなくて、おじいちゃんさまさまだ。
ごろん、と大の字に寝そべる。
目を伏せれば自然と一週間前の会話が蘇ってきて、慌てて再び目を開いた。
「……気付いてないとでも、思ってるのかな」
少しだけ揺れた空気は、すぐ張りつめて音をなくした。
青が、わたしのことを好きなことぐらい、知っている。
どこぞの少女漫画の主人公のように鈍感ではないし、青の分かりやすさったらない。
むしろわたしは、出会った当初「それ」を望んでいた。
どうせ誰かと政略結婚させられるなら、学生時代に飽きるほど恋愛したい。
そう思っていた矢先に現れたのが青で、うまいこと共学に進学出来るようにもなり、恋愛できる条件は揃った。
けれど、計算違いだったのは、青が見た目にそぐわず純粋だったことだった。
軽い気持ちで付き合って、軽〜く別れる。恋愛に対する姿勢がわたしと同じだと思ったから近付いたのに。
わたしに婚約者がいると知ったら悲しそうな顔をして、それに弱気になって何のアプローチもしてこなくて、それでも想いがひしひしと伝わってきて。
「もう、何なの…罪悪感しか残んないじゃん……」
自分の呟きに、笑う。
罪悪感と称して微妙な関係を壊せないでいるなんて、もっと最低だ。
けれど、じゃあわたしは、どうすればいいの?
突然、茶室に携帯の着信音が鳴った。しぶしぶスマホに手を伸ばせば、メールの送信者欄には桃井さつき、と表示されていた。
思わず飛び起きてメールを開くと、
【久しぶり〜 さつきでーす
明日、きーちゃん(あ、黄瀬君ね)と大ちゃんと初詣行く予定なんだけど、空いてたら一緒に行かない?
急な話でごめんね〜】
年末年始まで勉強に付き合わせるのは酷ということで、そういえばあれから青とは会っていない。
顔を合わせれば少しはこの泥沼思考から抜け出せるだろうか。
2号がいるとさぞかし目立つだろうと思いつつ、了解のメールを送った。prev/next
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