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駅前に停めてあったのは、ごく普通の白いヴィッツだった。
黒塗りのリムジンとか、真っ赤なオープンカーとかを想像していただけに少し意外に思う。
「青、図体でかいんだから先乗ってよ」
「後ろ? 俺乗れんの?」
「助手席荷物置いてあるから。ほら、さっさと」
何でこう今日は密着率が高いのだろう。クリスマスラックなのか嫌がらせなのか。
なんてことを隣に乗り込んできた渡の太ももを感じながら真面目に悩んだ。
「お二方は無事乗れたかい?」
「あ、どーもスイマセン」
後部座席を振り向いた兄貴に軽く頭を下げると、渡はぶっと吹き出した。
俺が敬語を使うのが余程おかしいらしい。ムカつくが、実際自分でも否定はできない。
敬語なんて使うのは、好きな奴の兄貴だから、ということを#NAME1##は知らないだろう。
「別にこれくらい構わないよ。で、どこで降ろそうか?」
最寄りの駅名を言うと、兄貴は「ああ、結構近いな」と納得したようにアクセルを踏み込んだ。
「じゃあ、ゆずりはが先に降りた方がいいな」
「急がないしいーよ青が先で」
「急いでるから俺がわざわざ迎えに来たんだけどな?」
兄貴のもっともな言葉に、渡は口をとがらせる。
「ぶーぶー」
「いや……いい加減諦めろよ。6時間も遊べば充分だろ」
「そうだけど、せっかくのクリスマスなのにさ」
当たり障りのない会話を何度か繰り返し、30分ほどしてやけにでかい門の前に着いた。
コンクリート塀が張り巡らされ、中の様子を伺うことは出来ないが、かなり敷地は広い。
「……あーあ、帰ってきちゃった」
誰もが羨むような豪邸を前に、渡は心底から嫌そうにぼそりと呟いた。
「青峰君、ゆずりはから俺のこと何か聞いてる?」
兄貴は車を発進させながら、バックミラーの向きを直した。
「特に、何も。むしろ初めて知ったっス」
「そうか。まあ、そうだよな」
サイドミラーごしに見えた兄貴は当然か、と笑って、ふっと真顔になった。
「実はさ、俺とゆずりはって半分しか血が繋がってないんだよ」
「…え?」
なぜこの兄妹は何もかもが前置きなしで始まるのだろう。
「腹違いの兄妹って言えば分かりやすいかな。俺のお袋が病気が死んだ後、恭子さん…つまりゆずりはの母親が後妻として嫁いできてね。まあそこまではいいんだ。
けど、問題なのは彼女が親父の想定以上に欲張りだったってことでさ」
キキッ、と停止線直前でブレーキを踏み込む。信号機の赤が、雨粒でぼやけた。
「資産が欲しい、でも自分は嫁いできた身だ。だったら自分の子供に会社を継がせればいい。でも、知っての通りゆずりははそんなタマじゃない。なら、どうする?」
「……思い通りにできる男と結婚させる」
「そう、当たりだ」
あっさりと言ってはいるが、兄貴の存在は完全無視ということになる。
一般的に考えても、前妻の息子を自分の娘と同じように扱うのは無理があるだろう。金が絡んでくると尚更だ。
何となく、渡が、家に対して過剰に反抗するのも分かるような気がした。
「……けど、何で俺に話したんスか、そんな事情」
「さあ、何でだろうな……しいて言うなら、あいつがあそこまで他人に気を許してるの初めて見たんだよ」
ゆずりはのこと、頼むな。
信号が、赤から青に変わった。
chapter2
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