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カツカツと足音を響かせる人影は紛れもなく大人の男のもので、俺は咄嗟に身構えた。

「ずいぶんデカいお守りがついてるな、ゆずりは」
だが、聞こえてきた声も呼び方も、あの男のものではなかった。

「かお兄、わざわざ来てくれたの?」
「恭子さんに駆り出されたんだよ」
「……かお兄?」
初耳の単語に首を傾げると、その男とばっちり目が合った。

身長は180センチほどで、年は24、5ぐらいだろうか。筋肉質な方ではなくむしろ細身で、顔も整っている。短めの黒髪はきちんとセットされ、いかにも仕事ができる風だ。

まさかお抱えの弁護士とかじゃねぇよな、とか若干焦っていると、その男は俺の目を見ながら口を開いた。


「初めまして、ゆずりはの兄の、渡薫です。いつも妹が世話になっているようで」
「あ、いや滅相もない…っす」
婚約者第2号とかじゃなくてほっとする一方で、かなり驚く。

年が離れているのに加え、兄妹と言うには二人はあまりにも顔が似ていなかった。

「君、青峰君だったっけ? ゆずりはから色々聞いてるよ。いやあ、この中二病の相手するのは大変だろ」
「中二病って酷くないですかおにいたま」
「ああ、はい。まあ」
「同意すんなそこ」

渡はさっきまでのシリアスモードとは一転して、嬉しそうにはしゃいでいる。
よほど好きなんだろうなとぼんやりと考え、どこかがちくりと痛んだ。

「ほら、ゆずりは。お楽しみ中悪いけど、恭子さんがお待ちかねだからそろそろ帰らないとな」
兄貴は渡に傘を一本差し出しながら、ちらりとまた俺を見た。

「えーやだ。母上と顔合わせたくないし俊一郎さんとも会いたくない。つか、傘一本しかないし」
「仕方ないだろ、彼がいるなんて知らなかったよ。あ、俺の傘には入れないよ。濡れちゃまずい服だから」

兄貴の意味ありげな視線の理由に気付き、かっと顔に血がのぼった。
相合い傘……なんだよな?

「かお兄のケチ」
「何とでも言えよ。駅前のロータリーに車止めてあるから、さっさと行くぞ」

背を向けどんどん歩いていく兄貴に、渡は諦めたように傘の留め具を外した。

「青、じゃあ持ってくれる? さすがに届かないや」
「ん、あ…ああ」
意識する様子なんて欠片も見当たらない渡に悲しくなりながら、ばっとビニール傘を開いた。

ぼとぼと、とビニールに雨粒が跳ねる音がする。腕と腕が触れ合うような距離で渡の息づかいが真近で聞こえ、どぎまぎした。

「ちょっと、歩くの速い。右腕濡れる」
「あーはいはい。……あと俺、電車で帰るわ」
後楽園駅の券売機が見えるぐらいの距離になり、傘を返そうとすると、渡はそれを押し返した。

「何で? かお兄、送ってくれるよ。遠慮しなくていいって」
「いや、さすがにわりぃから」


渡は気まずさを悟ってくれることはなく、俺の足はロータリーの方へと押し流されてしまった。



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