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夏休み終盤、羽田空港行きの飛行機。
そのとき、シートベルト着用のランプが点灯していたのは、よく覚えている。
「ごめんなさい、本っ当に出来心なんです」
その男子中学生にガラにもなく平身低頭しながら、わたしは後悔していなかった。
たとえしでかしたスリが発覚しようが、自分の席が彼の隣であろうが。
資産に目がくらむ母親と、前妻の子である兄の関係。
家名に媚を売る、学校の同級生。
わたしが愛想をつかしていた全てを変えられる、そんな気がしていた。
それは、半年経った今だから言えることには違いない。
しかし、彼と出会うことで、渡という家名に押し潰される自分にピリオドを打てたと本気で信じている。
「…… あっ」
展望ラウンジの窓から、また飛行機が飛び立った。
白っぽい機体がだんだんと白っぽい大気に吸い込まれていく。
あれももう日本には帰ってこないのだと思うと、無性に鼻の奥をツンとさせた。
出国審査終了まで15分を知らせるアナウンスを聞きながら、わたしは使い古した青いキャリーバッグに指を滑らせていた。
そうだった、あの日もこれを持っていた。
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