16


「おい、渡ー?」

瞬時に振り返ると、図書館とは最も遠い所にいそうな人間――青が立っていた。居心地悪そうにしながらも、わたしの隣の椅子にどっかりと腰かける。

「うわっ!? なんで!?」
「何でって何だよ失礼な。赤司から逃げてきたんだよ。家帰ると連絡が来るから」
なるほど、ちょっと匿ってほしいらしい。
「ああそう。とりあえず生還おめでと」

すると、青は机の上に放置していた数学の教科書を手に取った。

「1次関数とか因数分解とか、懐かしいとこやってんな。中2とかだったか」
「ウチの学校だと中1の初期にやったけど」
「早えーな。あ、そういやお前んとこ、偏差値も高いんだってな。赤司が言ってたわ」

「頭が良かったのは小6の時だけだけどねー。もう勉強サボりすぎてここらへんすらよく分かんない」
「マジで!? 俺でも一応分かるぞ」

さすがにうるさかったらしく、司書の人に注意された。適当に謝り、青に向き直るが、まだ意外そうな視線を向けてくる。

「さっすがグレてるだけのことはあるな」
「何よ、国語と社会は何もしなくても90点取れたもん。英語も理科も平均以上は取れたし」
「嫌味かコラ。でも、数学は」

「……毎回赤点だったよ畜生。青はどうなの、青は」
「生憎、俺は数学だけは平均以上取れるんだよな〜これがまた」

脳筋野郎だと思っていただけに、わたしより数学が出来るなんて、学校が違うとはいえかなり悔しいものがある。


「むー。じゃあこの問題教えてよ」
「おう、これか。……って、こんなところから分かんねぇと5ヶ月じゃ全然終わんないぞ」
「もーいいの。最後は他の教科でマイナス分補えるし」

「そんなレベルの話じゃねーよ。ほら、教えてやるからよく見とけ」
「ぶっ。その台詞……」
「……どうなってんだテメーの思考回路はよ」
青は呆れ顔でわたしの手からシャーペンを奪うと、ノートの隅に手早く解法を書いていった。

距離が、近いなあ。


そんなことを考えていると、親父の言葉が蘇った。
「条件として、高校を卒業したら結婚してくれるかい?」
「は? 親父と?」

「……確かに語弊を生む言い方だったけど、分かるだろ? この家に生まれた以上、誰かしらが会社経営を続けなきゃいけない」
「実を言うと、あなたの婚約者候補はいるのよ。近いうちに会ってもらうから、心の準備をしておいて頂戴」
「…………」



「痛っ!?」
おもむろに頭をはたかれ現実世界に引き戻された。青はシャーペンを止めて、わたしを見ている。
「何ぼーっとしてんだ。ちゃんと聞け」
「あ……ごめん」


その日も青と晩ご飯を一緒に食べ、家に帰ったのはとっくに8時を過ぎていた。



prev/next
back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -