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「なーんてね、ははっ、冗談冗談。びっくりしたあ?」

渡は一変、にこりと笑うと、カウンターに片肘をついた。ただ口をぱくつかせる俺はさぞ滑稽だったろう。
だが、渡は俺に一瞥もせず、店員に向かって声を張り上げた。

「すいませーん、生中もいっこー」
「…おい、まだ飲むのかよ」
「あっ、やっぱ二つください」
「おいっ!」

渡は「大丈夫大丈夫〜」と確信の持てなさすぎる言葉を繰り返すばかりだ。

「だって、さっきからティガーくんあんま飲んでないじゃん。ほら、もと取らなきゃ」

潰される。
それが確信に変わったとき、どん、と俺たちの前にジョッキが二つ置かれていた。

「はいっ、じゃあ改めて、仲直りの印ってことで……カンパーイ!」
渡が大声でそう言ったおかげで、真面目に合コン中のメンバーまで俺を見た。

あいつらには俺はどう見えているのだろうか。お持ち帰り狙い? だったら節穴もいいところだ。
渡だけがハイだから酔っているように見えるが、その実、顔色ひとつ変わっていない。

だが、男には引けないときがある。
どこかの漫画の台詞をふと、思い出した。

「……かんぱい」

さようなら俺の記憶、と念ずるように喉を鳴らす。
どん、とジョッキとともに机に突っ伏すと歓声が上がったような気がした。


そのあとの記憶はほとんどない。

唯一思い出せるのは、妙な着信音と渡の話し声だった。

その内容は覚えていないし、おそらく渡はそれ以前にも俺以外の人間と話していたに違いない。
だが、そのときの渡の声だけ覚えているのは、それが初めて聞くような穏やかなものだったから、だと思っている。


とはいえ、その渡に記憶が飛ぶまで酒を飲まされたという事実は変わらず、二日酔いに苦しんでいるという現状も変わらないのだが。

吐きそうになりながらロッカーからバッシュを探していると、部室の扉が開いた。

「おい火神、その死にそうなオーラ何とかしろ。辛気くせえ」
「……それで心配してるつもりだったらブン殴るぞ。せめて顔色悪いって言えよな」
「あ?」

そう凄んだのは条件反射で、どうやら不機嫌ではないようだった。むしろすこぶる上機嫌だ。
青峰はロッカーを閉めながら、俺の顔をまじまじと見た。

「おまっ、顔最悪だな。練習出れんのか」
「だからせめて顔色って言えよ。あ、そーいやカノジョとは仲直り出来たのか」
「おー、昨日の夜いきなり帰ってきて謝られたから、つか何で分かったんだよ? もしかしてお前……エスパーか!?」
「タメた割にはリアクションが小学生レベルだな ……もういーわ、俺帰る。頭痛いし吐きそう」

「渡によろしく」と言って背を向けると、数秒後に後ろからぎゃあぎゃあと声が飛んできた。


部室の扉を閉める。

渡からの嫉妬は今日一日拭えそうにない。
もう金輪際、あの女とは関わるまい、と心底から思った。



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