TONIGHT

なんとなくつけていたニュースが羽田空港の退場ゲートを映した。通りすがりの若い女が取材に答えている。
正月の帰省帰りがピークだとアナウンサーは締めくくって、次の映像に切り替わった。


「どしたの? 堀北マイが婚約発表でもしてた?」
「ちげーよ」

テレビの電源を切ってリモコンを放り投げる。急に部屋が静かになった。

ゆずりはの手が伸びてきたと思ったら、こたつの上にマグが1つ置かれた。ミルクティーが入っている。

「サンキュ、ゆずりは」
「いえいえ。にしても甘党だよね」
「そーゆーお前は辛口だろ」
「うまい。……けどムカつく」


ブツブツ言いながら、ゆずりははなぜか背中合わせに座った。体温は感じるが顔が見えない。

「そんなとこに座んねーでこたつに入れよ。風邪引くぞ」
「いいよ十分あったかいし。それより、動かないでね。熱湯かかるから」
至近距離からずずっと茶をすする音がした。観念しろということらしい。

出来るだけ姿勢を変えないように少しずつ紅茶を飲んでいると、ゆずりはは思い出したように口を開いた。

「ねぇ青、さっきのニュース何だったの?」
「……Uターンラッシュで羽田空港が映ってた」
「へー、羽田……季節は違うけどUターンラッシュのときだったよね。初めて会ったのって」

あれから4年半。思えばもう懐かしい。


「そういやお前にスられかけたんだよなー。いい感じに忘れてたわ」
「黒歴史だよ、黒歴史。大体、青も飛行機降りたら忘れてたじゃん」
ゆずりはにしては珍しく焦っていて、結構楽しい。

「退場ゲートで思い出したけど? お前が知らぬ存ぜぬで通ろうとしたところをな」
「だから止めてってば ……でも、そこで引き止められなかったら、今のわたしってないんだよね」

すっごい不思議。
ゆずりははそう言って息を深く吐き出した。


「……俺もそう思う」

当たり前に享受している幸せな「イマ」が、4年半も前の自分の一言で成り立っていると思うと、少し怖い。
なにか大きな力に動かされているような、そんな気になる。


「あの時の俺、すっげー不安定でさ。今までずっとバスケしかなかったのに、それすらもつまんなくなって……何つーか、」
「自分を見失った?」
「そう、それ」

「はい、中二病入りましたー」


一気にがくっと力が抜ける。なんで少しでもシリアス入るとボケに走るのか。突っ込む気力も失せた。

「でも、わたしも同じだったよ。人生で一番不安定な時期だったと思う。これまでも、これからも」
「いっぱしの不良だったもんな」
「んー、その面だけで言えばアメリカ時代も……まぁ……」
「後でゆっくり聞かせてもらおうか」


不意にのっかっていた体温が離れた。
ゆずりははこたつにマグを置くと、後ろから手を回して俺の肩に顔をうずめた。

「……めずらしーな」
「別に、嫌じゃないよ。程度が大事なの。青ってすぐゴー・トゥ・ベッドじゃん」
「そりゃ……男だし?」
「言い訳が投げやりですけど」

首筋にゆるゆると息がかかる。本当に押し倒したい衝動にかられたが、部屋にこたつが占領していることを思い出して、やめた。


「さっきの話に戻るけど、青は自分を見失ってたっていってたじゃん」
「……まあそうだな」
相変わらず切り替えが早すぎてついていけない。


「わたしの場合、自分の中に何もないことに気付いちゃったんだよね。
ほとんど物心ついたときから親が嫌いだったのに、渡っていう家名以外持ってなくて。でもそれはわたしのものではないじゃない」

じゃあわたしは何持ってんだろって。
ゆずりはは淡々と語り続けた。


「そんな時に渡カンパニーの存在も知らない男の子に出会っちゃった訳ですよ」
「で、何やかんやしてる内に惚れられて?」
ゆずりははいたずらっぽく笑った。

「そのままのわたしを認めてくれる人がいるなんて、衝撃的だった」


「それは俺も一緒だな」
「っわ…!」
ちょっと体を傾けると、完全に体重を預けていたゆずりははどさっと落ちてきた。
机にぶつからないように受け止め、膝の上に乗せる。


「バスケ抜きで俺を見てくれた奴は、お前しかいなかった」

「あれ? 似てたんだね、わたし達」


ゆずりはがしがみつくように腕を回して、どちらともなく口付けた。




(お前が今まで立っていた道が)
(たとえ灰色だったとしても)
(その先は大切な奴に続いてるんだって)

(昔の俺に教えてやりたい)



TONIGHTーーsong by SEKAI NO OWARIーー



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