カノジョノオヤジ
どうやら人生にはいくつか越えなければならない試練があるらしい。
目の前にそびえたつ豪邸を見上げ、俺はそのことを確信した。
「やっぱでけーな、お前ん家」
「はははっ。大丈夫だよ、そんな情けない顔しなくても」
情けない顔か。なるほどきっとその通りだ。
なんてったって、ゆずりはの親父に彼氏として挨拶に行くのだから。
「緊張すんなー」
「そう? 自己紹介して一緒に晩ご飯食べるだけだよ?」
「それが出来りゃ悩んでねぇよ」
「結局俊一郎さんは母さんと蒸発したから、わたしの婚約解消のことについて青に悪感情はないと思う。大丈夫だよきっと」
「……フォローが重い」
当事者はあっさり言ってのけるが、脚色なしで昼ドラの脚本になりそうな家庭内事情だ。
ゆずりはが帰国してからーー両親が離婚してから、まだ日が浅い。
当然、彼氏を紹介なんていう雰囲気ではないだろう。
俺はそう思ったのだが。
「まずもって親父が連れてこいって言ったんだし」
「それだと俺、シメられる可能性もあるよな……」
「もー、ほんと心配症だよね」
ピピッ。
電子音が指紋認証の完了を告げ、堅牢な門が開いた。
50mほど先に広すぎる玄関が見える。そして見間違いでなければ出迎えの使用人が10人はいる。
「この場合はどこでお邪魔しますって言うんだろうな……」
「ツッコミがボケちゃいけませんよ?」
「お前とお笑いやってたつもりもねーけどな」
駄目だ。もはや無意識の領域で突っ込んでいる。
「あ、そだ。ご飯までまだ時間あるから、わたしの部屋でも見てく?」
「いーなそれ」
「何で急に機嫌直したのさ」
ゆずりはは呆れたように言うが、俺としては前々から行ってみたいと思っていた。
夢というわけではないが、やっぱり自分の彼女がどんな部屋に暮らしているのかは知りたい。
けれど、浮き足立ちかけたテンションは玄関に近付いた途端、一斉に下げられた頭によってまたガタ落ちした。
ゆずりははこんなところで生活してんのか。
まざまざと次元の違いを見せつけられたような気がした。
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