真っ赤なグロスをくちびるに。

けど足りない。
私の「心臓」はどうやったら描き上げられるんだろう。


「今吉?」

たった今気付いたように手鏡を伏せて、十秒以上動かない背後の気配に確認をとる。わざとらしい明るい声を出して。

撃鉄を起こす音。


立ったままの私を、今吉は後ろから抱きすくめた。両肩にかかる体重も、胸のあたりで力なくぶら下がった両腕も、藻のように絡みつく。

「髪、ずいぶん切ったんやな」
「さっき、センセイに頼んだの。鬱陶しかったから」


ウィンターカップだっけ、1回戦敗退なんだってね。

けれど今吉は、掠れた声で「ああ」とだけ。
私が向けたことばの切っ先は、今吉の心臓に深々と突き刺さる。抵抗すら、しなかった。


「好きな男に、しかも学校で髪切らせるなんて正気の沙汰か」
「それはもう、うんざりするほど。あの人、彫刻でもするように触るんだもの」
「切った髪は?」
「さあ。会議ついでに捨ててくるって言ってた。生ごみにでも入れてくるんじゃない」

生々しいごみ。略して生ごみ。
女の命なんだか情念なんだか分からないそれに、今吉も触れる。

耳にかけた髪の毛を、人差し指で壊れモノでも触るように外されて、身体の奥がきゅんとふるえた。首筋から背中にかけて、寒気にも似た微かな電流が走る。


「目黒って、耳、弱いんやな」

艶めかしい、なんてフレーズがぴったりの低音が耳元で響いて、首に唇が張りついた。

「…っあ……」
「ほんま、エロいこえ」

机の上に両手をつかされたから、分かる程度にお尻を突き出す。
今日はそういう気分らしく、ブラウスの第三ボタンまで外しただけで手が入ってきた。
ちゅん、とピンポイントで乳首をつねられる。


「しばらく見ないうちに、ずいぶん痩せたんとちゃうか。なぁ」
「ん……」
「アンバランスさに拍車がかかっとんで。色んなものを切りすぎて、雪崩れそうや」

ナイフのように鋭いこの男には、否定も肯定もする気が起きない。
ただ曖昧に溶けてしまいたい。


「けど、目黒のそういうとこ、退廃的で、好きやで」

「ありがと。今吉」



すべての完成予想図が、今、目黒リサを迎えにきた。



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