水中を歩むように、放課後の廊下を歩く。

人の声が反響して、ひとつひとつを分けられないほど重なり合って。
近いようでとても遠い、海鳴り。
体育館に近づくにつれ、熱帯魚が増えてくる。
部活のユニフォームだろうか。
赤、黄、青。色とりどりの群れの向こうをふと見れば、鮫が一匹。
角を曲がると、鮫は男の形を取った。
男の手には肌色の歪んだ雑誌が握られている。


「青峰大輝、でしょ?」

ちょうどバスケ部の部室の前に、その男は立っていた。

「……何だ、お前」
「今吉のセフレ」
「へぇ。俺のこと、知ってんの」
青峰の目の奥で警戒心と好奇心が化学反応したようだった。
青峰がどんと手を突いた、私の頭上から背中にかけて、振動が波紋のように広がっていく。

「3年の女子の間でも有名だから、少しはね。ずば抜けたサイノウがあって、多方面に奔放なんでしょ?」
「そりゃ褒めてんのかよ?」
「さあね。興味はあるけど」

青峰はかはっ、と笑うと、壁についていた方の肘を折り曲げた。
不意に近くなった距離。
青峰が高さを私に合わせるまでの一瞬、視界いっぱいに褐色の首筋が広がった。


「そんなカオして、からかってんなら後悔するぜ? おねえさん」
「それ、忠告のつもりなら、要らないよ」

青峰が「じゃあ遠慮なく」と低く囁くのと同時に、すぐそこで喉仏が上下する。
ぞくっときた。

ーー潰して、やりたい。


私が手を伸ばして、そっと青峰の首筋に触れると、何かを察知したようにその肩が跳ねた。
触れるか触れないかのところで指を滑らせていく途中、頸動脈にぶつかった。どくり、どくりと震えている。

何かと似ていると思ったら、心音だ。

描きかけのあの絵がふっと脳裏に浮かんだ。
弾痕。撃たれた心臓。


「おい、何しとんのや」

それは今吉の声だった。
静かで暗い水の中に、空気を流し込んで、ぶくぶくと泡立たせるような、言葉だ。
青峰は我に返って、私の手を払った。


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