世には、男はステイタスだと公言してはばからない女がいるという。

具体的には収入。
たとえば弁護士という職種。

そういう色眼鏡で翔一を見たらきっと、虹色だ。



「T大法学部卒。身長181センチ。大手法律事務所在籍。都心のマンション1LDK……」
「なんやねん、それ」
「あんたのスペック」

女の理想をそのまま具現化したような男に、いわゆるプロポーズをされたのは1週間前。

そして今日が、その男の決めた締め切りだった。



「リサ的にはどうなん? そのスペックは」
「あんまり現実味がない、かな」
「あー傷ついた傷ついた。ガラスのハートがひび割れてもうたわー」

「でもね、翔一には感謝してる。恵まれてるって本当に思うよ」
「……それはそれで、おっかないんやけど」
「死亡フラグみたいなやつじゃないから。安心して、素直に受け取って」


出会いたての頃を思い出して、苦笑する。
だってトラウマもんやで、と今でこそ翔一は笑うが、それができるのは7年という年月が経ったからだ。

7年は長い、けれど。

「なあ、リサ。挿絵の仕事、なんで受けたんや」

翔一はどうしても私が絵を描くことが気に入らないらしい。
過去に囚われている、と思うからだろう。

「特に意味はないけど。久しぶりに描くのもいいかなって」
「7年の間、一度も筆を持たんかったのに、今になって急にか」

神経質に透明なグラスの底に、翔一のまなざしが映り込む。

「うそじゃないよ。無意味なのは本当。私は何もつくらないから」
「今回のは、つくることとちゃうんか?」
「違うよ。全然ちがう。誰かのオーダー通りに描く絵なんて、編集と同じじゃない。それはクリエイトじゃなくて、ただのエディトだよ」

「そんなら世の中の画家どもはどうなるんや。リサの言葉を借りると、モナリザだってクリエイトされたもんとちゃうんやろ?」

ごもっともと思う。
クリエイターは、パトロンの依頼なしには生活できない生き物だ。

「あのね、絵を習いたての初心者が必ず言われることがあるの。知ってる?」
「さあ。分からんな」
「ほかの上手い人の絵を真似しろって言われるの。上手くなるために」
「つまりは技術のエディトか」

かのラファエロだって、ダヴィンチのモナリザを模写した。
翔一の言う通り、それは技術を取り込んで、自らのものにすることに他ならない。


「これ、どんな絵描きでもやってるんじゃないかな。恣意的でも無意識的でも。だから、エディトはクリエイトの前段階だと思ってる。
でも、私はその一歩が踏み出せなかったから、なにを描いたってエディトのまま。クリエイターにはなれないの」


私はあのときから、描けないことが分かってたから。
そこまで言い終えると、翔一はもう食い下がらなかった。



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