25 雪原

JR東京駅のプラットホームで発車のベルが鳴っている。

「17時2分発、のぞみ17号博多行き、間も無く発車いたします」
マキはそんなアナウンスを聞きながら、ぞろぞろと歩く洛山の部員たちと共に乗車口をくぐった。

「なーんか、デジャヴだなあ」

「何が?」
征十郎はボストンバッグを棚に載せると、窓際にちゃっかり席を取った。

「征十郎と初めて会ったときみたいだと思って。今日はギリギリで駆け込んだわけじゃないけど、覚えてる?」
「そりゃあね。忘れるはずないだろ」

嬉しくなって頬を緩ませていると、征十郎は更に続けた。

「新幹線でいきなり一人で碁を打ち始める同年代の女の子なんて、お目にかかったことがなくてね。あんまり物珍しくて、つい声をかけてしまった」

えーなになに何の話ー?と前の座席から顔を出した葉山に、征十郎は「こっちのこと」の一言で流した。
根武谷は何も言わないところを見ると駅弁でも駆け込んでいるのだろうか。

ちぇーと不満そうな葉山の声に、芦屋と実渕の話し声。マキが聞こえる範囲だけでも、全体的に行きの新幹線より静かな気がした。

ウィンターカップはやっと終わったのだ。

再び征十郎に向き直ると、征十郎にしては珍しくぼんやりと流れる車窓の風景を眺めていた。

「あのさ、ちょっと聞いていい?」
「ん」

「征十郎は高校卒業したら、どうするの?」
それは前からずっと気になっていて、いつか確かめようと思っていた質問だった。

征十郎は腕を組み直して、少し考えるようにすると、特に感情も込めずに言った。

「どうだろうな。青峰とか火神はずっと続けるだろうが……あいつらはそれでいい。バスケしか出来ない連中だ。でも俺は……このままいけば、やっていないんじゃないかな」

俺。知らぬ間に変わっていた、その響きにはまだ慣れない。
けれど、その変化は征十郎に必要不可欠だったと何となくわかった。

「自分のことなのに、他人事みたいだね」
「他人事だよ。確かな未来など誰にも分からないんだから。たとえ俺でも、お前でも」

マキには、そう言う征十郎が今にも消えてしまいそうに見えた。

「だから、確実に今ある勝利は手にしたいんだ。16歳の自分はこれから先、二度と訪れない。今が過去になる前に、何としても…」
「でも『勝利より優先すべきもの』があるんでしょ?」
「ふふっ……言ってくれるね」

あっそうだ、とマキが手荷物からボードを取り出すと、少年は目を輝かせた。

「征十郎とやろうと思って。どう? 着くまでやらない?」
「勿論、喜んで。しかし、こうしてみると懐かしいな」
「大げさだなあ。まだ8か月だよ?」
もう8か月だよ、と征十郎は感慨深そうにその緑色の盤を見つめた。

「今度は負けないよ」

「−−望むところだ」

征十郎は白の石を手に取ると、ぱちりという快い音とともに初手を打った。



それからどれくらい時間が経ったのだろうか。

「マキ、ちょっと中断して見てみ!」

突然耳に飛び込んできた声に、マキははたと手を止めた。
何かと思えば芦屋だ。

前にもこんなことあったなあ、と思いながら、マキは芦屋の言う通りに窓の外を見た。


「あっ、雪……」

山深い中部はとうに過ぎてしまったようだったが、代わりに白く染まりつつある街並みが広がっていた。

お決まりのメロディが鳴って、アナウンスはもうすぐ京都に到着することを告げた。


車窓から五重塔が見えるまで、あと僅か。





fin.

→あとがき

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