24 夢

テレビをつけると、今日の夕方から夜にかけて雪になる、と寝不足気味のアナウンサーが言っていた。

早朝のニュースを見られるような時間に、マキが自分で起きるのは久しぶりのことだった。
昨晩は早く寝かされたおかげだろうか。それに、一時は高くなった熱もだいぶ下がったようだ。

「あら、珍しい。おはようさん」
大あくびをしていると、出掛け支度を終えた芦屋が洗面所から出てきた。

「えりか、今日の帰り、雪かもだって。京都も降るかなあ」
「どうやろ……天気予報なんて当てにならんしなあ。でも、新幹線の途中で見れるかもな。中部の辺りって雪深いやろ」
「ほんと? やった、雪景色ってすごい好きなんだ」
「ガキか。病人はおとなしゅうしとき。朝ごはん置いといたから、もうちょっと寝たら?」

はーい、としぶしぶ返事しながら顔を上げると、芦屋は「まだなんかあるんか」とため息をついた。

「あのさ、ごめんね。お手伝いできなくて」
「ああ……なんや、そのことか。別にあんたが謝ることちゃうやろ」

芦屋はやれやれと肩をすくめて、大きいビニール袋にテーピングやらコールドスプレーやらを放りこんだ。

「かまへんかまへん。補欠パシるから気にせんといて」
「そっか…… 頑張ってね、決勝」
「当たり前やろ」

芦屋はおかしそうに笑うと、腕いっぱいの荷物を抱えて部屋を出て行ってしまった。


「…… 行っちゃった、かあ」
マキはベッドの上から手を伸ばすと、半端に開いたカーテンを開け放った。

都内を軽く一望出来る、大きな窓だ。
空はほとんど白に近い灰色の雲で覆われて、薄ぼんやりとしかスカイツリーは見えない。
唯一、丹沢の山々のあたりだけ空が途切れて、布が垂れ下がるように日光が降りてきていた。

これだと雪は見られないかもしれないな、と思いながら、マキはもう一度枕に頭を預けた。

次に目が覚めたのは、征十郎から電話がかかってきたときだった。
はっとして飛び起きれば、携帯の時計表示には1時15分とある。

何時間寝てるんだと自分を罵倒しながら、マキは受信ボタンを押した。

「もしもし…… 俺だ」
「あっ、はい? 征十郎?」

試合どうだった? と聞きながら、マキはさっき見たばかりの夢を思い出していた。


それはマキが征十郎と付き合う前の、懐かしい情景だった。

誰もいない教室で、マキと椅子から立ち上がった征十郎が、すでに決着のついた将棋盤を挟んで向かい合っている。

マキは、過去の自身の真後ろに背後霊のように立って、そのさまを傍観していた。

『−−だって、ゲームってあくまで楽しむためにあるものじゃん』

その言葉に、過去の征十郎は顔を引きつらせた。
そんなこともあったな、と不思議な感慨をおぼえながら次の言葉を待っていると、

『それに、勝つことだけに意味があるって思い込むのは勿体ないよ?』

真後ろに立つマキからは征十郎にどんな表情が見えているのかは分からない。
だが、突如笑い出した征十郎は、僕の負けだと言った。

それは夢だ。



現実は、征十郎は静かに「負けてしまった」と言った。
それは喉がガラガラで、鼻がつまったような声だったような気がした。


「うん、うん…… そっか、お疲れ様……今から閉会式? 全部終わってからで良かったのに。え…… はは、ありがと。じゃあ」


お帰りを、待ってます。

マキはそう言い残して電話を切った。
荷物のどこかに入れたはずの、携帯用のボードゲームのありかを思い描きながら。


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