23 シザーズ

聞き慣れた話し声で目が覚めると、そこはベッドの上だった。

明り取り用の小窓から射し込む斜光が狭い部屋を照らし出している。おそらく会場の医務室だろう、とマキは上体を起こしながら、痛む頭でどうにか判断した。

手当てをしてくれただろう大人を探そうとすると、柱の向こうに征十郎と監督を見つけた。
征十郎はまだジャージに着替えていないらしい。マキが気を失っている間、ずっといてくれたのだろうか。

「僕は断じて、マキを連れて行くべきではないと思います。彼女は過労による発熱と診断されたでしょう」
「とはいえ急を要する発熱ではなかったはずだ。たった40分観戦するぐらい、試合に参加させる訳ではないし、それに、明日の決勝で彼女の能力が使えないのは大きな痛手だ」
「それは否めませんが、しかし、」

なおも食い下がろうとする征十郎を白金は手で制して、マキに視線を移した。征十郎の目が見開かれる。

「起きたか。気分はどうだ、和泉」
「少し頭痛がするんですけど、試合中よりはだいぶ良くなりました」

マキの「すみません、心配をかけて」に反応するように、征十郎は案ずるような、怒っているような微妙な表情をしてみせた。

「でも、これくらいなら、薬飲んで寝たら良くなると思うので」

「駄目だ」
白金が何か言おうとした瞬間、征十郎の押し殺した声が遮った。

「なんで? 倒れちゃった、けど、明日起き上がれないほどじゃないよ。そこまで心配するほどの事態じゃない」
「私も同意見だな。それに彼女が行きたいと言っているのだから、尊重すべきだ」
「……病人に縋らなければならないほど僕らが弱い、と監督はお考えですか」
「でもっ、決勝は明日でしょ? 明日には帰るんだったら、あたしは最後まで出たい。じゃなきゃ何のために来たのか分からないじゃない!」

「じゃあお前は、無理をしてぶっ倒れるために来たのか? 違うだろ、勝利より優先すべきものがあるんじゃないのか!?」

征十郎の怒鳴り声は部屋中に響き渡り、その余韻が消えても口を開く者はいなかった。

肩で息をする少年はまるで別人のようだった。
今まで声を張り上げたところなんて見たことがない。

何より、あの征十郎が勝利を否定するなんて誰が予想出来ただろうか。

おそらく衝撃を受けたのは白金も同じなのだろう。しばらくしてからやっと、「分かった。タクシーを呼んでこよう」と言って医務室から出て行ってしまった。


白金の足音が完全に聞こえなくなってから、征十郎は全身から力が抜けたように、ベッド脇のパイプ椅子に腰を下ろした。

マキが呆然と見つめている中、征十郎はほとんど呟くような大きさで語り出した。

「本当ならもっと早く、おかしいと思うべきだったんだ。普段より不安定だったお前にネックレスの件で追い打ちをかけて、今日の試合だ。神経の細いお前に耐えうるものじゃなかった…… 無理をさせて、すまなかった」

「えっ、ちょっと待って、違うよ。心配してくれるのは嬉しいけどそんな大げさな」

違う違う違う、絶対に違う。
マキは、絶対に大丈夫なのに。まだ役に立てるのに。

顔を強張らせるマキに、征十郎は困ったように眉を下げて、おもむろに手を伸ばした。
ぐちゃぐちゃの髪をすくように指をすべらせマキの耳にかける。

「もし、本当に平気だと思っているなら、それはマキの思い込みだよ」
「……思い込み?」
「もう、いいだろう。お前は十分よくやった。僕のためと言うなら、あとはゆっくり休んでほしい」

征十郎の手が耳の後ろから後頭部にかけて動いていくのを感じる。そのまま引き寄せられ、額どうしがこつんとぶつかった。

「目を閉じて。ゆっくり深呼吸するんだ」

マキより低い体温を感じながら、征十郎に言われた通りにしていると、どこかで張りつめていたものが切れた気がした。

本当は限界だった、と言葉を発した喉元がまるで他人のもののように思えた。

そしてマキは、今度は泣きたくて、泣いた。


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