22 一線
征十郎が切り札を切ったのは、ハーフタイムが終わってからしばらくして、その完成形が数度目に姿を現したときだった。
その技はシンプルで、規則正しい。
まず柱時計の扉が開いて、その中に伝書鳩が飛び込む。
そして長針がカチリと時を刻んで、伝書鳩が出てくるのと同時に、コートではスリーポイントが入っている、という寸法だ。
一連の動作が時計仕掛けのように緻密で繊細なだけに、猫またがその中をかき乱すのは容易だったと言える。
『想定は超えていたが想像を超えていたわけではない』
征十郎が緑間に放った一言が、誰かのあたりをぐるぐると回っていた。
「…… 終わりました。あたしの役目はもうありません」
マキは白金が答えるのを聞きながら、静かに目を伏せた。
情けない、とさっきから何度も思っている。
胃が痛くて、とにかく身体がだるい。体調は朝より格段に悪化していた。
気が付くと試合は16点差で終わっていて、ネットの下で緑間が征十郎に右手を差し出していた。
テロップで断片的に見える2人の会話を、マキは信じられない気持ちで凝視した。
確かに、緑間と高尾のコンビネーションは征十郎によって呆気なく破られた。
しかし、だからと言って、征十郎に彼らと同じことが出来るかと問われば、マキは否と答える。
彼らにしか出来ないことであり、勝敗関係なく敬意を払うべきものだ。
それを「スリルのある試合」で片付けるのは、やはり征十郎が勝ち負けからでしか物事を見ようとしないからなのか。
「勝利こそがすべてだ。僕はお前たちの敵であることを望む」
頑なに握手を拒む征十郎が、どうしてもマキには腑に落ちなかった。
「…… お疲れ。はい、征十郎。タオル」
「ありがとう。お前もよく頑張ってくれた」
ふと見ると、高尾は緑間と共に控え室に向かって足を引きずるように進みながら、それでもスコアボードを睨んでいた。
自分たちが一番上に行きたかった。他の誰でもない、自分たちこそが。
悔しい。
−−勝ちたかった。
文字から溢れ出す思いから目を背けることもできずにいると、高尾は自身に向けられた視線に気付いたのか、ちらりとマキの方を向いた。
いつものように負の感情をぶつけられるのか、と身構えたときだった。
笑ったのだ。
高尾は、今にも泣き出しそうな顔をぐしゃりとゆがめて、笑ってみせたのだった。
「…… 勝負って、なに?」
全身に響くような衝撃を感じた気がした。
マキ、と叫ぶ征十郎の声が耳にこびりついている。
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