20 アンバランス

明日の準決勝に向けての打ち合わせがちょうど終わったらしく、征十郎は実渕と何やら話し込みながら廊下を歩いてきていた。

そして何の気なしに視線を外した瞬間、自室の扉の前に立つマキの姿が目に入ったらしい。
珍しく驚いた様子の征十郎の後ろで、実渕は安堵したように目を伏せた。

「征十郎」

マキは何か言おうとした征十郎を遮るように、ネックレスを差し出した。
吊り下がる小さな銀色の猫は、不安定に揺れるたび、きらきらと電気の明かりを反射している。

「最初に征十郎に言おうと思って、待ってたの」
「…… 一体どこにあったんだ」

「それなんだけど、灰崎っていう人にあの、昨日たまたま絡まれた時に盗られちゃってたみたいで、そのいちおう返してもらったから…… もう許してくれる……?」

言うだけ言って、ぎゅっと目をつむった。
もしこれでも駄目だったら、と思うと怖くて顔が上げられなかった。

だが、数秒にも数分にも思える沈黙の後、マキの伸びた指先はやさしく手折られて、誰かの体温の中に包まれていた。

手の甲には征十郎の指先を、握りこぶしを作るように曲げられた指には征十郎の大きな手のひらを感じた。

「冷たい手をしているな……悪かった。寒い中、一人で探させて」

頭を上げて、自身に非があることを言い募ろうとするマキを見越したように、征十郎は畳み掛ける。

「昨晩、桃井からメールがあったんだ。お前が会場中を必死で探し回っていると聞いても、昨日も今日も気付かない振りをしていた」

つまらない嫉妬のために、と征十郎は最後に小さく付け足した。
マキが聞き返すと、気まずそうな征十郎に代わって実渕が答えた。

「征ちゃん、あなたが灰崎と浮気してるって思ってたのよ」
「はあ? ……どうしてそんなことに」
「昨日、マキちゃんに会う直前に灰崎とすれ違ったんですって。で、カレあんな性格でしょ? あなたの様子もおかしかったから。でね、部屋に帰ってから」

もういいやめろと繰り返す征十郎は恥ずかしいのか、少年の耳は真っ赤だ。

よかった、これで平気だ。
力が抜けていくのを感じながら、ただ笑っていると、征十郎は急に顔色を変えた。

「どうした、マキ。なぜ泣いているんだ」

征十郎の言う通り、マキの頬には涙がぼろぼろと流れていた。慌てて首を振る。

「あれ……? なんでだろう、ほっとしただけだよ」
「あれ? じゃないだろう、あれ、じゃ。心臓に悪いから止めてくれ。マキが泣くなんて、何があったのかと思うじゃないか」

勘違いをごまかすように言葉を重ねる征十郎に、実渕は声をあげて笑った。

「信じらんないわねえ。本当に。他の部員に見られたら示しがつかないどころの騒ぎじゃないわよ」

皆が知らないマキの知っている征十郎。
いっそ、ずっとこのままでいてくれれば。


そう願ってから約20時間後、秀徳と洛山両チームが見ている中で、マキはコートのベンチから崩れ落ちた。


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