19 死角

昨日、今日と探しても見つからなかった会場内を諦めて、マキは外へ向かった。
もしかしたらホテルまでの道のりに落ちているかもしれないと思ったのだ。

しかし、辺りの街灯が点いただけで、マキの手には変わらず何も握られていなかった。

「土下座とか、シャレにならないなあ……」
その悲痛な叫びに応じるように、ひときわ冷たい北風が吹き抜けた。

マキはきゅっと身を縮めながら踵を返した。
あといっかい見たら諦めよう、ととぼとぼと足を進めながら辺りを見回したそのときだった。

道の向こうに人影が横たわっている。
行き倒れか、それとも死体か。急激に体温が下がるのを感じながら駆け出したのだが−−

マキが目にしたのは、しょげ返ったハイエナの姿だった。


「あの、生きてます?」
ある意味で落胆しながら、ある意味で更に驚きながら、マキが恐る恐る近付くと、その背中はぴくりと神経質な反応を示した。

「……何か用かよ」
「あ、いや、たまたま通りかかっただけなんだけど、倒れてるの見えたから……大丈夫?」
「テメェに心配される義理はねぇよ」

灰崎は地面に片腕をついて、よっこいせとあぐらをかいた。灰崎は平気そうな顔をしているが、ハイエナの表情からするとどうやら怪我をしているらしい。

それにしても、灰崎のこの敗北感はなんだろう。
マキには、初めて出会ったときの闘争本能の塊みたいな灰崎と、目の前の男が同一人物とはとても思えなかった。

「んだよ、見てなくたってリョウタには手出ししねぇよ。ったく……ダイキも赤司も俺のこと何だと思ってやがる」
「リョウタって、黄瀬涼太?」

マキが首を傾げると、灰崎はぎろりと睨みあげた。

「……あん? オメー赤司に言われて様子見に来たんじゃねぇのか」
「なんでここで征十郎が出てくるの? あたしは一人だし、それに探してたのは」
「俺を慰めに来たって? いやー嬉しいねェ。こんな上玉に同情してもらえるなんてよォ……」

カッと頭に血がのぼる前に、ハイエナから目が離せなかった。
自暴自棄。灰崎の状態を表すならば、それが一番近い。

「ハハッ、やっぱ冗談でもねぇわ。安心しろよ。テメェみたいな女、死んでも願い下げだ」
「その台詞、そっくりそのままお返しするけど」

灰崎は腰の後ろに両手をついて、空に向かって自嘲するように笑った。
そのさまに形容し難いものを感じて、マキはとうとう立ち去ろうと一歩後ずさった。

すると、灰崎はおもむろに右腕だけマキに向かって伸ばした。
「おい、忘れもん」と言いながら差し出したそれは、猫のネックレスだった。


「こんな遅くまで探しもんってこれのことだろ? 捨ててやろーかと思ったけど、やっぱ返すわ」
灰崎は、この前別れ際に盗った、とたいして悪びれもせずに言ってのけたが、マキに怒る余裕は残っていなかった。

「良かった……ほんとに良かった……」

半ば奪うように受け取ったマキに、灰崎は心底驚いたような顔をした。やっと征十郎に謝れる、という呟きを聞き取ったらしい。

「馬鹿じゃねぇの。散々な目に遭っといてよォ……」

勿論マキには、灰崎の言葉などまったく耳に入ってはいなかった。盲目的なまでに、征十郎のもとに帰る道しか見えていなかった。


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