17 フランス人形

事の発端は夕食時の芦屋の何気無い一言だった。

「そういえばマキ、今日は猫ちゃんのネックレスしてへんな。主将からもらったやつやろ?」

「まだ外してないけ…ど……」
胸元に指をすべらせて、マキは首を傾げた姿勢のまま、固まった。
ない。
試合中にはあったはずのネックレスが、どこにも。

「トイレにでも置いてきたんじゃないか。それかどこかに落としたか。だとしたら絶望的だな」
正面に座る征十郎は肩をすくめてみせた。

「……もらったばかりなのに、ごめん。ご飯終わったらすぐ探してくる」
「この寒いときに? 明日にした方がいいんじゃないか」

マキから一番遠いテーブルにいるはずの根武谷の笑い声が、ふいに明瞭に聞こえた。

「それよりさ、怒ってるんならちゃんと言って。わざわざ隠さなくっていいから。あたしが悪いんだし」
「隠すと言っても…… 何で僕が逆ギレされてるんだろうな」
「逆ギレしてない。あたしが言ってるのは征十郎のそういうところだよ!」
「…… うるさいな、食事中に。どうせ見つからないんだから、とりあえずその手つかずの料理を片付けるのをおすすめするね」

征十郎は箸の先でマキの手元を指し示した。
さっきまで吐いてたのは誰のせいだと思ってるの。
マキは心中で叫びながら、大きく息を吸い込んだ。

「ゴチャゴチャゴチャゴチャ、もういいよ! あたし行ってくるから!」

征十郎は、勝手にすればいいと言ってマキを見もせず、箸を動かす手も止めない。

−−信じられない。

マキがここまで征十郎に苛立ちをおぼえたのは初めてのことだった。



「…… と、そんな訳なんです」

マジバは今の時間帯がちょうど夕食時のピークらしく、レジの音がひっきりなしに聞こえている。
その喧騒の中で、マキの上ずりかすれた声を包み込むように、桃井は口を開いた。

「そっかー…… それはキツいよね。私でも怒って飛び出しちゃうと思う」
「でも、無理に出てきたのに見つからなかったとなると…… はあ、どうしよう」

会場中を泣きながらうろついていたマキと、他校の試合を観戦していた桃井が遭遇したのは今から30分前のことだ。

どうやら桃井はマキのことを知っていたらしい。
だが、マキにとっては桐皇のマネージャーでしかなかった。

いつもなら絶対に初対面の人間に悩み相談なんてしないマキが、全て話してしまったのは、桃井の「私も赤司のマネージャーだった」という発言によるものが大きい。

「あのね、私が言うのはおこがましいかもだけど、赤司君に無理についてくんじゃなくて、助けを求めてもいいと思うの」
「助け?」
「そう、赤司君はマキちゃんの限界が分かってないんじゃないかなって」

思わず桃井を見つめると、その後ろに浮かぶフランス人形もにこりと微笑んだ。
言ってくれなきゃ分からない、いつも征十郎に思っていたそのことが、マキ自身に返ってくるようだった。

「なんか、すごいね。そうかもしれない。一人じゃ全然そんなこと考えつかなかった」
「ううん、こちらこそ参考になったみたいで良かった〜。また困ったこととかあったら、メールしてねー」

アドレス帳に桃井さつきと打ち込みながら、ふと、本当に「お人形さん」みたいだと思った。

スタイル抜群でいい匂いがして、内面も一本芯が通っていて、機転が効く。まるで誰かの理想像みたいな。

「中学時代、勝ち続けるの、楽しかった?」

マキはフランス人形を見ながら、口に出しかけたその質問をそっと奥の方にしまいこんだ。


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