16 グレーゾーン

三回戦、マキはとうとう耐えきれず、試合が終わった瞬間にトイレに向かっていた。

勝負において最初の一手がいかに重要か思い知らされるようだ。
マキがテロップを追っていたのは開始から実質15分程度。

そう、ハーフタイムに入る前には、マキの能力はおろかスタメンすら必要なくなるほど、相手校との点差がひらいてしまっていた。


吐いて空っぽの胃を抑えながらトイレを出て、ふと制服のポケットの中でスマホが震えていることに気付いた。

征十郎からの着信はすでに3件を超えている。慌てて「もしもし」と言った自分の声が妙にかすれていた。

【どこにいるんだ。もう全員ホテルに戻ったぞ】
「え、うそ! ごめんっ、まだ会場のトイレで」
【分かった。今から行くから、そこで待っていてくれ】
「ちょっ、征十郎、」

電話は一方的に切れた。
当然だ、と思った。真っ青な顔でベンチを後にして、征十郎に心配をかけない訳がない。

マキは重くため息をつきながら、目に入った自販機で、とりあえずポカリを買おうと財布を取り出した。

「ポカリ?」
「あ、うん…… え?」

マキが気付いたときには、ガンッ、とペットボトルが落ちる音がしていた。

取り出し口に長い手がのびてきて、黒っぽいドレッドヘアが揺れる。出場選手なのかその背中には福田総合という文字があった。

「ほらよ。マネージャーてのもなかなか大変だな」
「…… どちらさまですか」

マキはペットボトルを受け取りながらその男をまじまじと見たが、正真正銘、初めて会う人間だった。
こんなにガラの悪い知り合いはおらず、それに、ハイエナの画を忘れるはずがない。

「あー、征十郎クンのオトモダチ? …… うわっ我ながらキモいな」

マキが後ずさろうとしたときには、ニヤリと上がった口元はすぐ目の前に、後ろには自動販売機の側面があった。
逃げようにも肩に男の腕が回っている。
男は覆いかぶさるようにマキの頭上に手をついた。

「いやァ、ムカつくけどさすが赤司じゃねえの。こーんなカワイイコを彼女兼マネージャーとか、昔からやたら面食いだとは思ってたけどよォ……」
「悪いけど、そろそろ征十郎が来るから。どいて」
「おーおーそりゃ怖い。ま、安心しな。取って食うわけじゃねーよ」
「じゃあ、何の用?」

マキが見上げると、よだれを垂らしたハイエナの画が現れた。


「なァ、赤司の彼女やってんの、辛くね?」

「…… は?」
「試合終わってすぐお前がベンチから出て行ったの、席から見えたぜ。そんでもってさっきまで吐いてたんだろ。負け犬見てよォ…… フツー、彼女にそこまでさせるか?」

俺でもさすがにさせねぇよ、とハイエナはけらけらと笑いながら去っていった。

なにも、言い返せなかった。


「マキ!」

ポカリのキャップを開けたまま、しばらくそこに立っていたマキを見て、征十郎は駆け寄ってきた。

「あ、征十郎…… ごめん」
「…… いいからホテルに戻るぞ。もう反省会が始まる」

征十郎はマキにとって主将ではなく、恋人だ。

バスケ部でもないのに、どうして東京まで来て吐いているのだろう?


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