09 マーブル

マキはただ、両手のひらにアイスの水滴が伝っていくのを感じていた。

顔を真っ青にして、痛みに耐える芦屋。
実渕が川津学院のジャージを掴み上げる。実渕と対峙するリーダー格とその後ろの数人が身構える。

ホテルの売店には、物騒な連中とマキ、それから静観を決め込んだらしい根武谷だけがいた。

「あんた達、どういうつもり?」
「あん? ええから手ぇ離せやオカマ野郎」
「……選手じゃなくて、マネージャーに手を出したのはどういうつもりって言ってんのよ!」

初めて聞く実渕の怒鳴り声で、マキはようやく川津学院の名前を思い出した。
明後日の、初戦の相手だ。

正直言って洛山の圧勝は見えている。川津学院側にもそれが分かっているから、自暴自棄になっているのだろう。
マキには実渕のように怒ることは出来なかった。相手の背後に見える動物たちはあまりにも惨めだ。

「寄せ集めのチームのマネージャーやっとるくらいやったら来うへんか? つったらビンタしよったんよ。おたく、どないな教育してはるん?」
「お生憎様。クズに敬意を払うような教育はしてないの」

きついことを言うな、とマキが思わず苦笑していると、「これは何の騒ぎだ」と白金の声がした。
いつの間にか姿を消していた葉山が、白金と赤司を連れてやってきた。

赤司と目が合う。少年が何か言いたげな顔をして、マキを見つめていた。
そう言えばしばらく見なかったが、白金と何の話をしていたのだろう。
…まあ、ひとつしかないけれど。

「……監督」
実渕は葉山に恨めしそうな顔を向けると、やっと川津学院のジャージをつかんでいた手を離した。
チッ、と舌打ちを残して男たちは去っていく。マキは止めていた息を吐き出した。

「この時期に、遠征先で、このような騒ぎを起こすことの意味は分かっているんだろうな?」
「……お言葉ですが、今はとりあえず彼女の手当てをすべきだと、思います」

実渕は喧嘩腰のままそう言うと、芦屋の片腕を自身の首にかけた。

川津学院にはね飛ばされたときに、芦屋は右足をくじいてしまったらしい。
痛そうだが、芦屋の顔に「骨折り損のくたびれ儲け」なるテロップが流れるぐらいにはピンピンしているようだ。
幸せそうで何より。


白金の部屋に向かう集団の後ろ姿が遠ざかると、赤司は思い出したように言った。

「どうする、マキも続いて行くかい? 僕はどうせ行かなきゃならないだろうが」
「うーん、どうしよう。アイス溶けちゃうし、今回はあんまり関係ないんだけど……」
「けど?」

『赤司が不必要と判断した、それだけのことなのだよ』
『こんなものまで共有しなくていい』
『和泉が勝利に貢献できうる人材だからだと解釈したんだがね』
言葉が混ざり合って、マキの頭をぐちゃぐちゃにかき乱す。

「あのさ、あとであたしの部屋に来てくれないかな」
「……分かった。終わったらすぐに行くよ」

葉山がひゅうと口笛を鳴らした。根武谷が慌てて葉山を小突いた。


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