07 勧告
試合が終わってからどれくらい時間が経っていたのか、会場に残る人の姿はまばらだ。さっきまでの熱気が嘘のようだった。
「話ってなんですか」
マキは欄干からコートを見下ろすその背中にこわごわ話しかけた。
大蛇だけがぎょろりとマキを睨みつける。白金は背中にも目があるのだろうか。
冗談じゃない。
「そう長くはならないから安心してくれていい。あなたに少し聞きたいことがあってね」
「はあ」
「どうして誠凛が勝つと思った?」
やっぱりそう来たか、と思った。
あんなに騒いでいたのだから仕方ないが、まさか本当のこと−−コウモリと虎が見えた、なんてのは言えない。
だが、マキには一切の逃げ場が断たれてしまっていた。
「ただの勘というか、何となくです。当たったのはたまたまだと思うんですけど」
「ほう? 何となく、か。開始直後にあの青峰がダンクを決めるときにそう思ったのか?」
そう言いながら白金は振り向いた。
どうにか声を震えさせないで「はい」と返すと、大蛇の目がくわっと開いた。
「あなたは嘘をつけない部類の人間だね。自分でも分かっているだろう。本当に理由はそれだけか?」
「そうです」
「−−そうか。ところで、私の研究室に来たときのことは覚えているかね? 4月の下旬だったか、確か」
あれから8か月か、と意外に思いながらマキは頷いた。
そのことは昨日のことのように覚えている。
白金の授業を寝過ごして、教科書を取りに来させられたときだ。身長のことを言って、赤司にマジギレされたときでもあった。
「あのとき私はあなたをマネージャーとして薦めたが、赤司は頑として受け入れなかった。覚えているだろう?」
「ああ、はい。よく」
「それがどうだ、赤司は正式なマネージャーを1人置いてでもあなたをここに連れてきたんだ。私はそれを、和泉が勝利に貢献できうる人材だからだと解釈したんだがね」
「……それは、違うと思います」
「なぜ?」
なぜなら赤司はもともとマキが来ることに乗り気ではなかったからだ。「キセキの世代」に会わせたくないとか言って。
実渕に教えてもらえず、赤司に頼み込まなければおそらくマキは来れなかっただろう。
そこまで考えて、待てよ、と思った。
−−聞いたのは実渕の仮説だけで、赤司の口からは何も聞いていない。
「赤司の目は確かだ。ことに勝負に関してはずば抜けている。その赤司が選ぶ理由があるはずだと思うのは私だけか?」
マキが無言を通していると、白金は小さくため息をついた。
「何となくだと言うのならそれでも良い。だが、物事には必ず理由がある。どうして自分がそう思ったのか、その過程を考えてみてはくれないか」
「……明日の、秀徳対大仁多戦ですか」
「察しが良くて結構だ。現時点で準決勝であたる確率が一番高いからな」
大蛇の威圧感は底冷えするような恐怖となってマキを押しつぶす。
そして、白金は最後にこう言った。
「いいかね、もしかしたらあなたの能力が戦略上、ひいては赤司の役に立つかもしれないんだ。そのことを忘れるな」
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