05 直感

マキと芦屋が赤司と落ち合ったのは、結局、夕方ーー桐皇戦の直前になってからだった。

注目の一戦だと聞いていたが、予想以上の人出だ。だが、恋する乙女・芦屋にとってはそんなものは障害ではなく、瞬時に実渕の姿を見つけて走っていく。
取り残されたマキは両手いっぱいの紙袋を持ち直して、深くため息を吐いた。

『赤司が不必要と判断した、それだけのことなのだよ』

マキの頭に緑間の言葉がこびりついて、離れない。もしかして、と思っては否定する度、軸のような何かが揺れる。まるで、振り子時計のように。

「赤司ぃー和泉来たよー」
気付けば、葉山がきょろりと振り向いて、こっちこっちと手招きしていた。


「ずいぶんとお疲れみたいだね」
赤司は自身の右隣りの席をぽんと叩いた。どうやらマキに取っておいてくれたらしく、満員の最前列でそこだけぽっかりと空いている。

「あっ、ありがと」
「いいえ」
マキがむくんだ足を放り出すように腰掛けると、赤司の『少年』は露骨に不可解そうな顔をした。思わず、といった風に指先が紙袋に伸びてくる。

「……えりかのだよ。どうせ」
「おや。僕は何も言ってないけれど」
「あたしには『お前でもこんなもの買うのか』って聞こえた」
「ご名答。午後中、芦屋の買い物に付き合わされたのかい?」
勢い良く首を縦に振った瞬間、

「人聞きの悪いこと言わんといて。ていうかそれ返してぇな」
「征十郎たちは? 結局どうしてたの?」
あまりにも勝手な芦屋を無視してやろうと、マキがコート側に向き直ったときだった。

ごく近くで『画』がぐにゃりと歪んだのを、感じた。
マキにとってそれはまだ記憶に新しい感情の動きだった。
伝書鳩。
視界に高尾和成がぱっと浮かんで、消える。周りの音が「画」に溶けるように、テロップのごとく流れ始めた。

「洛山の「まさか、「京都から「あれ彼女?「必要あんの「えっ「いい気なもん「イヤミ「どーせ勝つんだろ「ほら見ろよ」」

「見るな」
赤司はマキを覗き込むように、もう一度言った。
「……見るな?」
「この前もお前の目が原因だった。出先で同じようなことになったら、困るだろう」
「……うん。よく覚えてるね」

「だから、お前はこんなものまで共有しなくていい。僕だけで十分だ」
赤司の言葉で落ち着いたのは事実だったけれど、ひどく落ち着きが悪かった。

「それより、もう始まるぞ」
と赤司が言った数秒後、アナウンスが流れた。ぱっと全員の意識がコートに集中する。

秩序的なざわめきの中、片や白、片や黒の対照的な集団がセンターラインにずらりと並んだ。
その中には午前中にマキと顔を合わせた3人も立っていた。

「「「よろしくお願いしますっ!!!」」」
会場中に太い声が響き渡った瞬間、たしかに熱風が吹き抜けた。

ティップオフ早々、我先にと駆け出す選手たち。床からドリブルの振動が伝わらない2階席では、それはとても軽く見えた。
猪突猛進する虎をぼうっと眺めていると、ふと赤司がマキ、と呼んだ。

「お前はこの勝負、どっちが勝つと思う?」
さすがと言おうか、モードの切り替わった赤司が発した「勝負」その単語で、部員の意識が一斉に集中した。

「どっちって言われても、あたし、どっちも全然知らないよ?」
「だからだよ。第三者からの答えを聞きたい。僕は双方知っているからね」

ダンッ、と床が鳴って、桐皇にボールが渡る。その主将のーー眼鏡をかけた男の、毒々しい蝶が鱗粉をまき散らす。桃色の髪のマネージャーは真剣な面持ちでコートの一点を見つめる。

その先にいたのは、コウモリだった。
吸血コウモリだろうか。小さいが鋭利な牙がふたつ、のぞいている。

「誠凛」

コウモリは超音波の世界で生きているという。
青峰大輝の反則技のようなプレイは、マキがいつか聞きかじったそんなことを思い出させた。

「……へぇ? そりゃまた何でだよ」
「え、何となく、ですけど」
「何となくって言うには不思議な答えね。あの青峰君のプレイを見て、しかもまだ誠凛は無得点よ?」
「でも……」
虎と、虎を映し出す鏡ーー黒子テツヤを見る。

「それでも、誠凛が勝つと?」
マキは頷いた。少年の瞳は興味と好奇に満たされている。


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