04 不必要

それにしても、と芦屋は思い出したように口を尖らせた。
「緑間ってちっさい男やなぁ。思わへん?」

マキは使用済みのウェットティッシュをコンビニ袋に放り込んで、手の中の赤いはさみをまじまじと見た。
そうしたって変わらない。700円かそこらの、何の変哲もないはさみだ。

「別に、わざわざあたし達に持ってこさせるようなものじゃないって?」
「そーそー、主将もようええっつったと思って。明らかに不必要やろ」
その言葉はあまりにもきっぱりと放たれた。

信号機の点滅に合わせるようにかごめかごめが鳴っている。その音階のあいだに誰かの不機嫌な声が紛れていた気がして、思わずその方向を探した。

鳩と目が合った。

さっさとしいや、と芦屋は横断歩道の先で振り返る。その背にはDゲートとでかでか書かれた壁があって。
つまり、待ち合わせ場所だった。


「あんたらには不必要でも俺らには必要なんだよね。これがまた、さ」

橙色のジャージにとまるのは、前足に銀の輪をつけた真っ白な鳩−−何と無く、伝書鳩のような気がした。

「んぎゃっ!? ……高尾、和成!?」
「そう嫌な顔しなさんな。閣下なら心配しなくても後ろにいるぜ」
悲鳴を上げる芦屋を一瞥し、恭しく一礼してみせる高尾の頭に上空からすこんと拳が降ってきた。

「誰が閣下だ馬鹿者」
「ってーなー、冗談だっつの。まったくぅ」
マキはそんな緑間と高尾の掛け合いを見ながら、さっき抱いた疑問が解決したような気がした。

緑間真太郎の画は古風な柱時計だ。
それだけでも十分に考察の価値はあるのだが、マキが気になっていたのは、文字盤の中央にある小窓だった。
マキの推測だけれど、きっとそこに鳩がすっぽり入るようになっているのだろう。絵本で見るような鳩時計のように。

そして、そうなるのはバスケの試合中だろうとマキが結論を出した時だった。


「俺の顔に何かついているのか」
緑間の訝るような声に、はっと意識が引き戻される。
一体いつから見つめていたのか。
マキに向かって差し出されていた手に、慌ててはさみを置くと、高尾がずいと近寄ってきた。

「もしかしてさ、あんたが洛山の観察担当?」
「……どういう意味、」
「どういう意味だって? おいおい、試合直前に対戦相手のエースに会いに来といてそりゃないんじゃねーの」
苛立ちの色が濃くなる高尾とは対照的に、緑間は眉一つ動かさない。ただ静かにマキの動向を評価しているような、そんな感じだ。

「まっどろっこしいなぁ〜っ! 敵情視察って言いたいんか」
「ムキになんなって。それともなに、勝利を確信してるからそんなことぬかせるワケ? 『キセキの世代』キャプテンがいる訳だし?」
「はぁっ? あんたナメとんの!?」
「舐めてんのはどっちだっつーの。なあ、あんたのカレシ、俺らのことなんつってた? 勝ち組さんは何を思ってあんたを送り込んだワケ?」

伝書鳩は羽を逆立てて、本体の肩に食い込むんじゃないかってほど爪に力を込める。
プライドの高い、高尾和成という男の『キセキの世代』に対する感情は重く、複雑だ。


マキはブチ切れた芦屋の言葉を遮って、ゆっくりと口を開いた。

「あたしはただ、征十郎に頼まれたからそれを届けに来ただけだから」
「へーへー、俺があんたに聞きたいのは、」
「あたしは征十郎なら知っているけど、『キセキの世代』のキャプテンなら知らない」
「は? お前何言ってーー」
「止めておけ、高尾。時間の無駄だ」

そう言って、緑間はマキをじっと見据えた。
カチ、カチ、カチ。針が秒を刻んでいく。


「ただ、赤司が不必要と判断した、それだけのことなのだよ」



prev/next

back



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -