03 コンビニ

久しぶりの東京は、時間の流れがやけに早かった。
何というのか、京都と同じような繁華街を歩いていても空気感から違う気がする。

「待ち合わせって11時でいいんだっけ?」
「うん、11時に会場のDゲート。それまでまだ時間あるし、どっか行かへん?」

マキがポケットの中のはさみを持て余していると、芦屋は嬉々としてそう言った。
東京を訪れるのは修学旅行以来とのことで、さっきからやけにテンションが高い。

「じゃ、コンビニ」
「は」
芦屋の返答は疑問系ですらない。

「……せっかくのご機嫌に水を差すようで申し訳ありませんがコンビニでウェットティッシュ買ってきてもいいですか」

「なんでそんなもん必要なん?」
「このはさみ、一応拭いてから返したいなぁと思って。緑間真太郎の私物だし。ダメ?」
「……別にええけど、あんたがそんな律儀っちゅーか潔癖やったなんて知らんかったわ」

「最低限の礼儀だよ、礼儀」

珍しく感心した様子の芦屋に、まさか刃先に血がついていたからと言える訳もなかった。


ロウソンに入ってすぐ、芦屋は化粧品コーナーではなくスナック売り場に足を向けた。

たしか、ダイエット中じゃなかったっけなあ。
マキが芦屋の後ろ姿を目で追いながら足を進めていると、不意にどん、と衝撃が走った。


「ごめん、大丈夫?」

よろめきかけるマキを抱きとめたのは「水」だった。

「わ、こちらこそごめんなさい!」
右目に泣きぼくろのある黒髪の美青年の後ろには、水泡がぽやんと浮かんでいた。
綺麗だが、ちょっとつついただけで消えてしまいそうだ。

「……それより君、もしかして」

「室ちん、なぁーに早速ナンパしちゃってんのー?」
その振動には覚えがあった。

「違うよ、俺の不注意でぶつかっちゃったんだ。人聞きの悪いことを言わないでくれ、アツシ」
「ふぅん。言っとくけど、そいつ赤ちんの彼女だから。やめといた方がいいよ」
「赤司征十郎の……?」

店内でポテチを咀嚼するという暴挙に出るその高校生は、赤司が呼び出した内の1人、紫原敦だった。

さっき会ったときは階段だったからよく分からなかったが、こうして見るとまさに巨人。
予想外の展開に、規格外のサイズに呆然としていると、ちょうど芦屋の声がした。


「おーい、マキー? はよせんと緑間真太郎にキレられんでぇ……ええっ!?」

マキの傍らを交互に見て驚愕する芦屋に、氷室は微笑んだ。

「おや、彼女は俺たちの顔を見知っているみたいだな」
「つーか、ここに来てるってことはマネージャーっしょ? 知らない方がおかしいんじゃねーの」

その言葉は紫原の自意識過剰、という訳でもないようで、芦屋も氷室も同じような含みを持たせた視線をマキに向けた。

「そーいえばあんた、さっきミドちんっつったよね。何で?」
「今から待ち合わせで……」
「だから、何でって言ってんじゃん。話聞いてた?」
「アツシ」

幼い子供のように機嫌を損ねるしろくまに、水。
もしかしたらこの2人は見かけ以上に相性が良いのかもしれない。なんて見入ってしまうマキの頭には、浮かびかけた疑問はすぐさま立ち消えた。


「緑間真太郎にこのハサミを返してくるよう征十郎に頼まれたんです。さっき返しそびれたから」
「さっき?」
「赤ちん、それで火神を切りつけて自分の前髪切っちゃったの」

「「えっ!?」」
期せずして氷室と芦屋の声が重なる。

水泡がぶくぶくと揺れた。氷室には、真っ赤になって謝る芦屋なんて見えていない。
火神とは知り合いなんて生易しいものじゃなさそうだ。

「俺もミドちんのとこ行こーかなー。ね、いい?」

と、紫原は小首を傾げながらマキの顔を覗き込んだ。
もろに興味津々という感じで、断ろうにもどうしよう、と思ったところで、

「ダメだよ、アツシ。あんまり遅いと監督と先輩にどやされる」
氷室は見かねたように苦笑した。

「えー、じゃ室ちんだけ先帰ってれば」
「俺はそっちの方が怒られるんだよ。それに、彼女が困っているだろ?」
「……ちぇっ、つまんねーの」

氷室はごめんね、と謝ると、紫原に続いて店を出ていった。

さて、と。
「あたしたちもそろそろ急がないとまずいよ」

マキは名残惜しそうな芦屋を引きずりながらレジへ急いだ。


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