02 序走
「えっ!? 生キセリョに会ったん!?」
つい数秒前までホテルのロビーでくつろいでいたとは思えないスピードで起き上がり、マキにつかみかかる芦屋はまるで般若のごとく。
どこかで見たことがあると思えば、マキが初めて黄瀬を雑誌で見たときと同じ反応だ。
もっとも、そのときは「マキ何で知らんの!?」だったけれど。
「ま…まだ、何も言ってないじゃん」
「言わんでも分かるわ。ウチがファンなの知っておきながら、写真のひとつも撮って来んかったんやろ!?」
「……その通りです」
「あーもうっ! 何でアンタばっかラッキーイケメン率高いのぉぉ!? ちょっと神さまっどうなってんねん!!」
叫びながら地団駄を踏む芦屋に、周りの選手たちがざわめく。洛山陣は勿論だが、中には見慣れないジャージもちらほらと見受けられた。
おそらくは同じくウィンターカップの出場校だろう。
マキたちの泊まるホテルはかなり大きいから、あと何校かいてもおかしくない。
「えりか、ちょっと落ち着いて……」
「ついでに言えばキセキの世代全員と顔を合わせてきたんだよな? マキ」
赤司といつもの3人の登場によりざわめきが一層大きくなる。
後頭部に午前ティーが命中した葉山は「甘いの嫌いなんだよ!」とブチ切れ、実渕は「間違えて買っちゃったのよ」と無表情、根武谷は大あくびからのゲップ。
全員衆目に晒されているのにも関わらず、だ。
洛山のフリーダム度は全国でもきっと群を抜いている。
「へ、キセキって?」
「ん? 今死ぬ? どこで死ぬ? 死ぬんだよね?」
「ひぃぃっ!? えりかの目に光が無いよ!?」
「あら赤司君、ちょうどええとこに。そのハサミ、貸して。そのありえへんマネージャー切り裂いとくわ」
冗談じゃない。
マキは強烈な既視感にさいなまれながら、ジャージのポケットに収まるそれを凝視した。
「ああ、これ? そういえば返さなきゃいけないな」
するりと抜け出た刃先にかろうじてオレンジ色の照明が反射する。幾分にごった輝きだ。
あの虎はーー火神大我は大丈夫だろうか?
「ていうか……え!? 赤司君前髪短かっ!! 何で!?」
「やだな、今更なに言ってんの」
「今更ね」
「今更すぎ」
「今更だな」
どうやら芦屋は黄瀬ネタで盛り上がりすぎて今の今まで視界が定まっていなかったらしい。
ある意味すごいなぁ、とマキが感心していると、実渕の狐がもやっと揺れた。
「でさ、話戻るんだけど……キセキの世代って火神大我とかのこと? なんなの?」
すると一同は呆気にとられたようにマキを見た。赤司なんて猫またから既に怒っている。
まずいことを言ってしまった、ようだ。
「それは間違っているよ、マキ。キセキの世代というのは、帝光中バスケ部に所属していた僕たち5人ーー僕と真太郎、涼太、大輝、敦のことだ。火神大我なんて入る訳がない」
10年に1人の天才が5人同時に存在したことがキセキと呼ばれるゆえんだ、と言う。
高校バスケ関係者なら知らない者は無いとも芦屋は付け足した。
「どうした。なにか言いたそうだな」
「別に、ないよ。間違えちゃってごめん」
旧友と聞いて期待していたけれど、その名前に輝かしさとは裏腹の閉塞感を感じてしまうのは、どうしてだろう。
「それより、そのハサミ返してこなくていいの? えっと、何だっけ」
「緑間真太郎」
「そう、その人の私物でしょ? 持ってたって仕方ないし」
「じゃあ、お前たちで返してきてくれるか? 事前視察を兼ねて」
芦屋は赤司の突然の指名に素っ頓狂な声を上げた。
「ええんやけど、赤司君は?」
「私たちと東京見物〜よね? 征ちゃんっ」
「ああ。それに、次あいつらと会うのはコート上がいいんだ。今日は4時前まで自由時間だし、頼まれてくれるか?」
マキは頷きながらも、赤司と実渕の意図、それぞれどうも腑に落ちなかった。
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