16,5≠芦屋

赤司君……いや、ここではあえて主将としよう。
彼の判断基準を単純化するなら、「必要」か「不必要」の二択なのではないかと私、芦屋えりかは思う。


「芦屋。スポドリが3本足りない。それと、記録係から今日の分をもらってきてくれ」

主将は試合直後の感傷に浸る様子は皆無で、もちろんマネージャーを休ませる気もさらさらない。
厳しいが、ゆえに優秀。私の中学時代のキャプテンとは比べ物にならない。


「はい。分かりました」
短く返事をしながら、コート端の、本来記録係がいるはずの床を睨む。

確か、今日の記録係は2年の柳田先輩だったか。
主将はどうやら私にずいぶんな重荷を押し付けてくれたようだ、とこっそりため息をついた。


とりあえずスポドリから片付けよう、と部室に駆けこめば、いささか重い方の用件ーー柳田先輩の後ろ姿を発見した。ロッカーとロッカーの間のベンチの前に立っている。

ここからでは見えないが、きっとその下にはうずくまる選手の姿があるのだろう。

1年に負けた、去年のスタメンの姿が。


「すいません、柳田先輩」
「……何や」
「今の試合の記録を頂けますか」

私を見ようともしない相手を刺激しないように、つとめて事務的に伝える。
それでも柳田先輩は不自然に肩を強張らせた。


えげつない、と思う。

主将は柳田先輩が「旧スタメン」の唯一の彼女だからこそ、記録係を割り当てた。
自分の彼氏が負けていくさまを自らの手で文字にして、しっかと受け止めろとのお達しなのだ。


大体、仮入部期間という衆目にさらされる時期に「赤司」対「旧スタメン」の試合を行うことから、やりすぎの感が否めない。

指揮役にまわることの多い主将だから、一度正式な場で実力差を見せつける必要があるのは分かるが、当人たちの絶望感ははかりしれないものとなってしまった。
主将はきっと、そんな些細なことを考える必要はないと思っているのだろう。

そうでなければ、ああも平然とできる訳がない。


文字を強く書きすぎて、ところどころ紙が薄くなった記録用紙を見ながら、スポドリを3本手に取る。
ちょっと考えてもう1本取り出し、私は部室を後にした。



「主将。記録、もらってきたで」
「ああ、ご苦労。早かったな」

ちょうど一通りの指示を終えたあとだったらしく、私が体育館に戻ったときには主将の近くに部員の姿は無かった。

「それと、これ。赤司君、どうせ自分の分はカウントしてへんのやろ?」
4本目のスポドリも一緒に手渡すと、主将は微かに苦笑してみせた。

「よく分かったな。自分でも忘れていたよ」
「女のカンって言うたら信じます?」
「君が? まさか。君はわりと論理的な思考の持ち主じゃないか」

「なら、マキは?」

もう空となった2階のギャラリー席を見上げながら、ついでに聞いてみる。
食い入るように試合を見ていたマキには、さすがに主将も知らないフリはしないだろうと思った。

「極めて、感覚的な人間だと思うよ。直感でしか行動しないと言っても過言じゃない」
「そう、主将とまるで真逆」
「何が言いたい」

不意に込められた威圧感。よくマキはこんなのと普通に話せるものだ。
しかも、目を見て。

「対極にあるから相容れないと思うのは早計やと思うて」
「僕が一般論にとらわれている、と?」
「……いいえ。でも、マキよりはずっと」

「芦屋。彼女みたいのは型破りって言うんだよ」
主将は静かにそう言うと、スポドリを少し口に含んだ。

「……主将の言う通りなら、部室の外で待っとるで、あの子」
「それが?」

主将が唯一、例の判断基準で選別していないものがある。
和泉マキ、あの子だけ。

主将は「不必要」と判断したつもりだろうが、他の「不必要」なものと比べると、その扱いは曖昧だ。
例えば、今日打ち負かした部員について聞いてもここまで反応を示すことはないだろう。

入部前の私のようにファンをやっている女子達は知らないだろうが、主将は一度興味を失ったものにはとても冷たいところがある。

それに、マキが「必要」と見なされていた時期があったかどうかも定かではない。


きっと主将自身も距離をはかりかねているのだろうが、和泉マキが異質な存在であることは確かだ。

だから、

「自分で考えてみてください、主将」


主将は何も言わず踵を返すと、部室へ歩いていった。


「えりかちゃん、それ、もらうわね」
後ろ姿を見送りながら、ふぅとため息をつけば、どこからか長い腕が伸びてきた。

「み、実渕先輩!!」


「調整役も大変ね。お疲れ様」

その綺麗な微笑みで、全部報われたような気がした。

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