01 開会式
ごくり、と誰かが息を飲んだ。
頬骨を音もなく伝う一筋の血。
じょきじょきと鳴り響くはさみの音。
まるでバトル漫画の一コマのような光景を目の当たりにしながら、マキはつい数日前のやりとりを思い出していた。
『どうした? そんなに必死になって顔を覆って』
『わ、征十郎! ちょっとタンマ……』
『ああ、前髪切ったのか』
『もうっ、あんまじろじろ見ないでよ!』
切りすぎちゃって変だから、マキがそう言ったら赤司はなんて返したっけ。
『そんなことはないさ』
『あたしはそんなことあるの』
『じゃあ、僕もお揃いにしようか。そしたら変じゃないだろ?』
それは赤司なりのフォローに過ぎず、さすがに実行はしないだろう、とそのときは思っていた。
だが、そのまさかだった。
「ちょうど少し、切りたいと思っていたんだ」
赤司は3日前と同じ台詞を吐いて、実渕が旧友と銘打った男たちの前でばっさりと前髪を切ってしまったのだ。
ーーどうするの、これ。
重苦しい沈黙とか、呆然とするマキとかには素知らぬ顔で、赤司ははさみを1回転させる。
くるくる、くるくると。
それはまるで、運命の輪が回りはじめた合図のようだった。
東京でウィンターカップが開催される。
そのことをマキが知ったのは1週間前、しかも実渕を介してだった。
「クリスマス、はさむんですか?」
「ええ。残念ながら」
「そうですか……」
ちょっと、いや、かなりショックだった。
大事な試合なのは理解しているけれど、まさか赤司と初めて過ごすクリスマスが約400kmの遠距離だとは。
「でも、こればっかりはどうしようもないよなぁ……」
がっくりと肩を落とすマキに、「じゃあ、マキちゃんも一緒に来る?」との実渕からの思いがけない提案。
「本当に!? いいんですか、あたしも」
「正式ではないけど、実質マネージャーみたいなものじゃない。普段なんだかんだで手伝ってくれてるし……でも、征ちゃんにはあなたから直接話しなさいよ」
いたずらっぽく笑う実渕の意図を汲めず、マキは首を傾げる。
「マキちゃん、征ちゃんが何で東京遠征を隠してたと思う?」
「さぁ……?」
「今度の大会で集まる旧友とあなたを会わせたくないのよ。だからきっと、マキちゃんが頼むまでは黙っていると思うわ」
その言葉がマキの性質を知ってのことだとしたら、実渕はやっぱりかなりの策士だ。
来るなと言われたら意地でも行きたくなるのが人の性である。
おばあちゃん経由でお母さんを説き伏せて、必死に店を手伝って旅費を捻出して。
そこまでして東京行きを決めたものの、マキは早くも後悔し始めていた。
「ねえ、征十郎……」
「なに?」
マキが口を開くと、いつものように猫またの姿は一瞬でかき消えて、あどけない少年が現れる。そんな赤司の様子にほぼ全員が気付いたようだった。
やっぱり、普通じゃない。
「この人たち、だれ?」
マキは何かまずいことを言ったのだろうか。明らかに驚いた様子の一同を尻目に、赤司はふっと微笑んだ。
「僕の、かつての仲間だよ」
赤司は改めて全員の顔を見回すと、「じゃあ行こうか、マキ」と言って踵を返した。
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