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「じゃあ今日はここで終いや。お疲れさん。ほな、さいならー」
よし、終わったっ。
特別行事特有の高揚感に包まれながら、マキは真っ先に教室を飛び出そうとした。
けれど、どこか引っかかりを感じてブレーキをかける。
教室が、帰る雰囲気ではなかった。
梅田と駄弁る女子。
出かける約束を交わす女子。
男子と連絡先を交換する女子。
聞こえてくるのは当然京都弁で、皆誰かしら知り合いがいて。
アウェー感ってまさにこれなんだろうなあ。
マキは重くなったバッグを肩に担いでそそくさと教室を出た。
洛山高校は最寄り駅から10分もかからない距離にある。由緒正しそうなアーケード街をまっすぐ抜けてすぐのところだ。
駅のマジバを横目で何度も見ながら改札に入ると、同じブレザーをちらほらと発見した。
灰色のブレザーの下からのぞく、濃い灰色のチェックにピンクのラインが入ったスカート。
洛山の制服は可愛い、という噂だが、いまいちピンとこない。
プラットホームでも同じブレザーを見つけた。と思ったら、その頭が赤くてぎょっとする。
赤司征十郎、だったか。少年の名前は。
素知らぬふりして通りすぎようか、声ぐらいは掛けるべきか悩む。
おそらく、赤司ならマキの存在は気付いているだろう。そうなると無視するのはちょっと感じ悪い。
それに、マキと同じ東京出身だ。
「どーも。また会ったね」
マキが隣に立つと、赤司から驚いたような気配が伝わってきた。
「…ああ、どうも。君っていつでも唐突なんだな。朝もかなり驚いた」
「そんなつもりはないけどなあ。でも凄い偶然。学校だけじゃなくて出席番号まで前後だったなんて」
「そうだね。ここまでくると因縁じみたものを感じるよ」
単調なメロディが鳴って、どちらともなく口を閉じた。
数秒後、扇風機なら中ぐらいの風をともなって奈良行の電車が到着した。
車内に足を踏み入れると、今日はどこも入学式なのだろう、真新しい制服であふれていた。
赤司はまっすぐ反対側のドアに向かう。外が見える位置だ。
マキはドアの近くのつり革に手をかけた。
「そういえば、君はどこで降りるんだい?」
ちょっと止まって心の中でその言葉を繰り返す。大丈夫、マキに対する疎ましさは込められていない。
「ここから4つ先」
「へーえ……」
赤司は感慨深そうに顎に手を当てた。
「あれ? もしかして降りる駅も一緒?」
「そのまさかみたいだな」
どうやら奇遇どころの騒ぎではないようだ。
電車から降り、見慣れた改札を猫またと一緒に出る。とてもとても変な感じだ。
「僕の顔に何かついてる?」
「……いえ、別に」
怖いことにマキの思考は赤司に筒抜けらしい。
「誰かと思うたらマキちゃんやないの。あら、もうボーイフレンドできたん?」
おばあちゃんの声が聞こえてきたのは、阪急の自動ドアの前を通り過ぎてすぐのことだった。
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