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不思議な感覚だった。
赤司は「無神経だった」と謝ってくれたけど、おかしなほどに何も感じない。
「あたしこそごめんね」その程度だ。
怒るという訳でもなく、気まずくなるという訳でもなく、いつも通りだけれど、そう。
どうでもいい。
「参ったなぁ……」
堂々巡りの思考に合わせて、ペンを一回転。
「何が」
「決まってるじゃん、今日からテスト期間でしょ」
ああ、とどうでも良さげな声で、「ノートなら貸さないぞ」と赤司は言った。
「ええ! それは困る! お願い、ほとんど授業聞いてない」
「全くお前は……だからあれほど言っておいたのに」
「あと、分かんないとこ教えてください。今日から部活ないし、ね?」
相変わらずお堅いことに、赤司は勉強は1人でするものだから断る、なんて言う。
それが出来ればマキだってテストで頭を悩ませていない。
「それに、僕は1週間前まで練習があるんだ。なんだったら先に帰ってくれてもいい」
「部活停止になんないの?」
「ああ。2週間もブランクがあるとさすがに反動がすごいからな。僕とスタメンの皆だけだが、監督から許可をとった」
「それは練習熱心なことで。じゃ、いつもみたいに待ってるよ」
店、手伝いたくないし。
そう言うと、勉強したくないの間違いだろ、と的確なツッコミが入った。
でも、結論としてはマキが来て良かったんじゃないかと思う。
「マキちゃん、すっかりマネージャーが板について来たわねぇ」
「はは。この1週間ずっとパシられてましたもん」
今日はその芦屋がいない。それどころか、マネージャー全員が出払っていた。
1軍しかいないだけあって部員数は少なめだが、はっきり言って普段からマネージャーに頼りきっているため、マキ1人でも雑用係がいないと回らない。
「いっそお前、マネやりゃいいんじゃねぇの?」
「……根武谷さん」
その一言に他の部員も同調する。
「仕事も早いし、バスケ経験者だし、入んねーと勿体ねぇって!」
「「「赤司と上手くやってけるマネとか超レアだしな」」」
部員一同かなり切実だ。
「っとに、今年に入ってからマネージャー何人変わってるかわかんねー」
「あいつ、なまじ顔と外面はいいからな。志望者はいくらでもいるんだけど……」
ギャップに耐えかねて、辞めるとのこと。想像に難くない。
「へーえ……お前たちの僕の認識がよく分かったよ」
その瞬間、本当に同時に全員の肩がはねた。
「練習熱心なお前たちには、5分休憩なんて必要ないな?」
有無を言わせぬ圧力により、体育館はしん、と静まり返る。
「返事は?」
「「「はいぃっ!」」」
笑顔のままの赤司の言葉に、拒否権など皆無だった。
「マキ、タオル」
部員たちが蜘蛛の子を散らすようにいなくなると、スタスタと歩み寄ってきて、催促するように手を出す。
猫またが幾分不機嫌そうな様子だった。
「あたし、なんかした?」
「別に。いいから取ってきてくれないか」
言ってくれなきゃ分からないのになあ。部室に置いてあったタオルを差し出すと、赤司はぱふっと頭からかぶった。
今の今まで筋トレでもしていたのか、全身汗だくだ。
「……やっぱり、凄いよねぇ」
「何を今更?」
タオルを頭巾のようにかぶったまま頭をガシガシと拭いている赤司は、少しだけ無防備で年相応だ。
きっとそんな姿は「彼女」ぐらいにしか見せることはない。「友達」に見せるものではないのだろうけれど…
「努力を積み上げることなんて当然のことだよ。バスケに限った話じゃない」
「違うよ、才能があるのに慢心してないって話。前も言ったけどさ、毎日毎日よく飽きないで続けられると思うよ、ホントに」
そう、飽きもせず。
刺激が平常に変わったときどうすればいいのか、今のマキに教えてほしい。
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