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「ずいぶんと慌ただしいね」

きょろきょろしながらスニーカーを揃えるマキを赤司はおかしそうに笑った。
事実、かなり落ち着かなかった。

ここ、赤司のマンションには、ひとまず家で着替えてから来たおかげでもういい時間だ。早く作らなければというのと、実はマキ、男の子の家に入るのは初めてである。
どぎまぎしながら廊下を抜けると、

「一人暮らし……だよね?」
少し信じられないほど広々とした空間がそこにあった。

リビング、ダイニングが分かれているのは勿論、キッチンも合わせて10畳はあるだろうか。家具はソファーと食卓とテレビぐらいのため、余計に広く見える。
物が散乱した床と机の上になんとか生活感を見出せて、ほっとした。

「ああ。散らかっていてすまないな」
「いやいやいや、むしろ広すぎてがらんってしてるじゃん。高校生の下宿なんて6畳ワンルームかと思ってた」

ピカピカの台所に立って、蛇口をひねる。
使用した形跡の無さに驚いていると、おもむろに腕がのびてきて、マキの前に材料を置いた。

「僕も本当はそれで良いんだが、親から猛反対を食らってね。仕方ないからこれで話をつけた」
「へーえ、親……」

残りのほうれん草を受け取ろうと振り向いて、思わず二度見してしまった。

「そう言えば、どっちも私服は初めて見るんだよね。もっとお洒落してくれば良かったなーみたいな」
「今更だな。マキはそれでいいんじゃないか? 僕はラフな格好の方が好きだが」

赤司はワイシャツ1枚と細身のパンツというシンプルな出で立ちだった。暑そうに第二ボタンまで開け、袖を捲り上げているせいで、普段より露出が多い。

じろじろと見ていたら赤司と目が合い、マキは慌てて手元に目を戻した。



「ごちそうさまでした」

箸を揃えて置くと、赤司は律儀に手を合わせた。
マキの料理が赤司の口に合うか、そんな不安は杞憂だったようだ。

「とても美味しかったよ。スタバを奢っただけでこんなものが食べられるなんて、勿体無いぐらいだ」
「そっか、良かったー。じゃあまた作りにくるね」

綺麗に空っぽになった皿を重ね、シンクに置く。
片付けぐらいは自分でやると言った赤司に甘えて、マキは皿を軽く水洗いだけして台所から出た。

「赤司、今何時?」
「7時半」
「じゃあ、もうちょっとゆっくりしてようかな」

と、ソファに座ったのはいいものの、何と無く手持ち無沙汰になってしまった。
テレビを付けるのも何だかなぁ。

「これからどうする?」
「どうするって?」
部活用らしいファイルをぱらぱらとめくっていた赤司が視線を上げた。

「そうだ、赤司の部屋行ってないじゃん。入ってもいい?」

猫またの雰囲気が変わったのは、その時だった。
振り向こうと重心を変えた途端、視界が反転する。下がソファだからか、いつかのように痛くはない。
いつかーー上洛の不良に押し倒されたときのことがフラッシュバックした。

「あ、かし……?」
「なんでお前はそう隙だらけなんだ。……今は夜で、ここは男の家だぞ」

赤司の影が顔に落ちる。膝が動いて、ソファのスプリングがギシリと悲鳴を上げた。
猫またの表情が不良たちのあの狂気を孕んだ画と重なる。

「僕だって、男だ」
赤司の手がマキのTシャツを捲り上げ、ブラのホックに触れた。

そのときマキの身体を駆け巡ったのは、恐怖でも鳥肌でもなかった。
感覚的なものではない、言うなれば「判断」だった。

「ごめん。ちょっと待って」

赤司の動きがぴたりと止まる。
マキは立ち上がるとまっすぐ玄関に向かった。


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