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改札を抜けると、ちょうど電車が到着していた。
マキは小走りで赤司に続いて車内に滑り込む。
そのおかげでたぷんと内臓が揺れて、思わず顔をしかめた。スタバを出てから良くなかった胃の調子が、発車ベルと共に急降下だ。
「気持ち悪い……」
「当たり前だ。残すか持って帰るかすればいいのに、マキがその場で飲み干そうとするから」
「特大サイズを注文したのは赤司じゃん!」
「飲み切ることを選んだのはお前だろう」
赤司は吊革に手をかけながら、呆れたように正論を吐く。
ぐうの音も出ず、マキは仕方なく口を閉じた。この手のことにかけては赤司に敵う訳が無い。
「あーあ、家に胃薬あったっけなぁ」
「このあとドラッグストアでも寄るか?」
「ほんと? いいの」
「僕もスーパーで買い物しなきゃいけなくてね。たしか隣にあった気がするから、ちょうどいいだろ」
赤司いわく、食料の調達とのこと。そういえば赤司は一人暮らしだった、なんてことを本当に今更ながら思い出した。
「赤司でもちゃんと自炊してるの?」
素朴な疑問をぶつけたら、「まぁ、それなりには」と赤司らしくない曖昧な返事が返ってくる。
「ははーん。さては栄養剤とか出来合いのお惣菜とかで済ましてるんでしょ」
「そんなことはない」
「赤司、ダウト」
だって猫またの挙動が不審である。
「じゃあ、良かったらあたしがご飯作ろうか? 今夜ぐらい」
「……僕の家で?」
「もちろん。一度でいいから赤司の家に行ってみたいんだー。それに、スタバのお礼もしたいし」
どうしてだか猫またが複雑そうな顔をした。素直には喜べない、って感じだ。
「あ、こう見えても料理は得意だよ。おばあちゃんによく教わったもん」
「そういえば和泉屋は料理も出していたな。お前の自己評価を信用するかは別にしても」
「えええ、ひどい」
けれど赤司の懸案事項はマキの料理の腕では無かったらしく、猫または未だ微妙な表情だ。
「でも、そうだな、せっかくだからお願いしようか」
「ほんと? よし、なに作ろー」
「湯豆腐」
「いやいや、それほとんど料理してないから。代替案ください」
「マキが作るなら、何でもいい」
プシュウ、と間の抜けた音がして扉が開く。
一瞬ぼうっとしてたら赤司がスタスタと行ってしまったのでマキも慌ててプラットフォームに降りた。
「その材料だと、肉じゃがか。でも、どうして牛肉じゃないんだ?」
「普通は豚肉だよ。……それよりさ、ちょっと聞いていい?」
赤司はマキの手からカゴを引き取りながら、「なんだ」と首を傾げた。
「なにその大量のウィダーアウトゼリーとサプリメントとソイッジョイ」
豚肉のパックやらほうれん草やらの上にたった今積まれたそれらは、ゆうに10個は超えるだろうか。
マキがただ目を白黒させていると、
「だいたいは朝食用だな。毎朝ほとんど時間がないから、手早く済ませられて重宝しているが」
「夜は?」
「……外食か惣菜」
呆気にとられるマキに言い訳するように、赤司はそんな暇はない、面倒だから、と言う。
「赤司ー、運動してるんだからちゃんと食べないと身体に悪いよ」
「はいはい。分かったよ」
今度からタッパーにおかずを入れて差し入れよう、と決意した。
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