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午前8時24分。
一般に予鈴の1分前だが、それでもマキの登校時間としては早い方だ。
今日が入学式という特別行事でなければ、の話ではあるけれど。
「1年1組2番、和泉、マキですっ」
マキは下駄箱で真新しい上履きに履き替えると、新入生受付と書かれた机に猛ダッシュした。
もう生徒ロビーにひと気はない。
「全く、はよう行きなさい。あんたが最後やで」
呆れたような受付係の先生から名札を受け取るや否や、マキは一直線に体育館へ走り出した。
ギリギリ、それで結構。座右の銘というかもう諦めた。
おそるおそる中の様子を窺ったところ、何とか遅刻はまぬがれたらしい。
だが、そう上手く事が運ぶ訳もなく。
マキのクラスの列は入口から向かって1番奥のようだった。
しかも横に5人縦に6列で並んでいるから、出席番号2番のマキは最前列で間違いない。
目的地までのルートは舞台下と最前列の間のスペースから自席に向かう、それのみだった。
相当目立つんだろうなあ。
総勢179人の3割くらいの視線を感じながら通り抜けて、ようやく1組の列にたどり着いた。
唯一あった空席に腰掛けると同時に、溜め込んでいたCO2が抜けていく。
「……あれ?」
どこかで空気が歪んだ。
「……また滑り込みセーフみたいだな、君は」
心臓が飛び出すかと思った。
マキの右隣りに、猫またが座っていた。
1年1組の教室は、2階の階段を上がってすぐ左にあった。本鈴30秒前でも安心だ。
入学式のあとは自教室で顔合わせと諸連絡をするらしい。解散はお昼前になると担任ーー梅田と名乗った若い男が言った。
「ほな、自己紹介いこか。時間ないし、名前と中学と好きなことだけでええで」
ええー多いー、と黄色い声が即座に上がった。媚び半分便乗半分というところだろうか。梅田はかなりイケメンの部類に入るようだ。
「あーはいはい、時間ないゆうとるやろ。さっさと始めんで。じゃあ1番から順番に」
梅田の催促に、少年が立ち上がった瞬間、教室は水を打ったように静まり返った。
「赤司征十郎です。東京の帝光中学から来ました。好きなことはバスケです。1年間、よろしく」
大勢に聞かせることに慣れた、誰もが聞き入る声。
オーラが、凄まじい。
「はい、次」
梅田の声にマキは慌てて席を立った。
「和泉マキです。えっと、東京の山内中学です。好きなことは……しょっちゅう変わってます。1年間よろしくお願いします」
軽く頭を下げて席につくと、なぜか教室がどよめいていた。
まあ東京出身なんて珍しいだろうしな。
マキは特に気にとめることもなく、ぼんやりと中空に碁盤を思い浮かべていた。
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