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鍵を持って出てきた赤司に「……待たせてすまなかった」と言わしめる程度にはマキは疲れ果てて見えるらしい。

「大丈夫、えりかにこき使われただけだから。気にしないで」
マキが慌てて口角を引き上げると、赤司は不服そうに眉をひそめた。

「気にしないで、か。結局、今日は1日中そんな調子だったな」
「ご、ごめん?」
「それだよ、それ。僕が言っているのは」

誰もいない体育館に、鍵を回す硬い音だけが反響する。
せっかく人が待っていたのにその態度は無いだろう。そう言い返しそうになったけれど、やめた。

猫またが赤司の代わりとばかりにマキを見ていたのだ。少しばかり困ったような顔をして。

「お前がらしくなさすぎて調子が狂う。止めてくれ」
「調子が狂う、って……」
「僕と2人きりのときぐらい、疲れたなら疲れたと素直に言えといってるんだ。……以上」


そっちの方こそ素直じゃないね、なぁんて。

「……何がおかしい」
気付けば施錠を終えた赤司がマキの目の前に。

「べつにー?」
「馬鹿にしているのか。明らかに緩んでるぞ、顔」
「まさか。さっき赤司が言ってくれたこと、すごい嬉しくて」
「全く……ついさっきまでぐったりしていたのが嘘のようだな。心配して損したよ」

マキが追いついたのを認めると、赤司は歩調を少し落とした。マキの歩くペースに合わせてくれる、それだけでも嬉しい。
ようやく「恋愛」にピントが合ってきたことを感じた。

「じゃあさ、駅のスタバ行こう。寄り道しようよ、寄り道」
「その接続詞は明らかに違うだろ、国語音痴」
「やっぱりキャラメルマキアートがいいかなぁ……」
マキがあのむせるような甘さを思い描いていると、赤司は「仕方ないな」と苦笑を一つ。

それどころか、

「キャラメルマキアートのベンティとカフェアメリカーノのトール」
かしこまりました、と言う店員に赤司は千円札を2枚差し出した。

「あれ、赤司の奢りでいいの?」
「このくらい別に構わないさ。ずいぶん待たせたしな」
「ありがと。そんなつもりじゃなかったんだけど……次からは自分の分は払うね」

そうか? と少し意外そうな面持ちのまま、赤司は空いているカウンター席に座った。

「お前のことだからもっと図々しい反応が返ってくるかと思ったんだが」
「ひっど。ていうかこれベンティだよね!? 590mlって飲み切れんのかな……赤司」
「さぁ? 好きなんだろ、その甘いの。飲めよ」

赤司はくすくすと笑いながら、ほぼ黒に近いその液体に口をつけた。

「赤司こそよくそんなの飲めるね。苦くないの?」
「美味しいよ。子どもの味覚じゃ分からないかもしれないが。ひと口試してみるか?」
そう言われて引き下がれる訳がない。

マキの前にスライドさせられたそれを少しだけ口に含む。
けれど、というより案の定マキはその苦さのあまり、即座にキャラメルマキアートを飲むことになった。

「あー苦かった……」
「さすがだな。全然気付いてないのか」
赤司は意味ありげな微笑みを浮かべる。

「間接キス、って言わないと分からないか?」
「あ……」
気付かなかった。

「まあ、僕に直接してきたお前にとっては、なんてことはないと思うけどな」
「ちょっ、それはもう忘れて!」

「断る。あれが無ければ付き合ってないだろうし、僕にとってなかなかに衝撃的だった。もう一度してほしいぐらいだね」

マキの真っ赤な頬に手を伸ばす赤司に、先ほどまでの不器用な男の子の気配はどこにも感じられなかった。


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