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規則的なリズムが断続的な痛みと共鳴して、マキの意識を揺らす。
あと、5分だけ。
いつものように枕元に手を伸ばそうとして、全く身動きが取れないことに気付いた。

「ようやくお目覚めのようですね」
ざわりと肌が粟立って、もしかしたら史上最短かもしれない速さで目が覚めた。

そうだった、逃げなきゃ。

飛び上がった拍子にしたたかに頭をぶつけ、目に入ったのは黒光りする足、垂れ下がる赤い布。これは、グランドピアノ、だ。

「おやおや、大丈夫ですか? その綺麗な顔に傷がついては台無しですし、あまり動かないで下さいね。無駄ですから」
「……これ、ほどいて欲しいんだけど」
「構いませんよ。僕の友人たちが戻って来たらですがね。和泉、マキさん?」

はっと顔を上げると、男の手にはマキの生徒手帳と携帯が握られていた。
ついさっきまで着信音が鳴っていたらしく、チカチカとライトが点滅している。その下に、小さな字で芦屋えりかと表示されていた。


「それにしても、返す返すも嬉しい誤算でした。あのタイミングでまさか君が来てくれるなんて。本当はそこの彼女だけで十分だったんですけど、綺麗なコがいた方が、ねぇ?」

そう言って、男はマキの後ろに目をやる。
菅田もマキと同じようにグランドピアノの足に手首を拘束されていた。どうやらまだ気を失っているらしく、ぐったりとうなだれていた。

「瑞樹ちゃっ……!?」
「言い忘れてましたけど、あんまり大声出さないで下さいね? いくら旧校舎と言えど、5時までは誰かが通らないとも限らないので。ガムテープは、嫌でしょ?」
「……最低」

「さて、僕の友人たちが来たようですよ。ぜひ歓迎してあげて下さいね。みなさん揃いも揃ってデリケートなので」
男がにっこりと笑ったそのとき、乱暴に扉が閉まる音がした。

「……おい、松本てめぇどんな紹介してくれてんのや」
「今日のコの顔を見れば、納得できると思いますよ」

猟犬の主が「デリケートな友人」と称した柄の悪い5人は、マキの方へ近付いてくると、ヒュウと下品な歓声をあげた。
その中に、マキを気絶させ、昨日は腕を締めあげた男の顔もあった。

「分かりました? いつものケバいブスとは、ちょっと対応を変えてみたくなるでしょう?」
「……ねぇ、いつもって。いつも、何してんの?」
語尾を震わせるマキに気分を良くしたのか、不良の一人が声高に答える。

「この顔だけ最低野郎に引っかかった女を俺らでマワして、売るんだよ」
「この顔だけクズ野郎がご丁寧にビデオまで撮って、脅してな」
「さっきから失礼ですね。むしろ君たちには感謝されて然るべきでしょうに」

目の前の人間たちは一体何を言っているのだろうか。
マキは、声も出せなかった。

「ひゃは、ありえへん、て顔しとるで」
「じゃ、世間知らずのマキちゃんには、とりあえずお手本見ててもらいまひょうか」

不良たちは気絶していた菅田を無理やり揺り起こすと、おもむろに拳を向かい合わせた。何をするかと思えば、じゃんけん。

「誰が最初に行っても、いいっこなしですからね」

6人の後ろに並ぶ画が一瞬で狂気を孕む。
マキが思わず吐きそうになった瞬間、ゆるゆると平和なメロディが、男の手の中で鳴り出した。


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