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32対24。いよいよ点差も2ケタ台というところで、上洛学園からタイムアウトの申請があった。

ゆっくりとベンチから立ち上がる、それだけで選手達は赤司のもとへ集合した。
さすがに普段とはモードが違う。まさに主将って感じだ。

ピリピリとした緊張感の中、赤司の唇が動く。
今まさに告げられようとした指示は、隣から聞こえたシャッター音によってかき消された。

「はい、ミス洛山の横顔頂きましたー」
「ひっ!?」
マキは瞬時にその場から飛び退いたけれど、時すでに遅く、芦屋はデジカメの液晶をニヤニヤと見つめていた。

「これは高値で売れるんっちゃうかな、っとっと。危ないなぁ。落としたらどうすんねん」
「いいから貸してよ! えりかっ!」
「……あれ? 何でやろ。赤司君、試合には出んって言っとったのに」
「ねえ、そんなことはいいからっ」

芦屋はマキの追撃をかわしながら、余裕たっぷりですと言わんばかりにコートに目をやる。
早く消さなければ。赤司に見惚れていただなんて言えるものか。

「慎んでお断りさせてもらいますー。これな、私の保存用のうて記録用のカメラやから、部外者は触らんといて」
「それなら余計あたしの写真なんて入れないでよ!」
「いやぁね、観客の様子だって立派な試合記録やで。マネージャーとして主将に報告せな」

すると、明らかに顔を強張らせたマキを見て、芦屋は「やっぱり」と口角を上げた。

「分かりやすいマキちゃんに質問な。昨日、赤司君はリップを塗ってきたでしょうか、それとも塗って来なかったでしょーか」

それは、動転して教室を飛び出したマキには分かるはずもない質問だった。
芦屋はさらに畳み掛ける。

「それに、今朝の準備に来いひんかったん、アンタと赤司君だけやで。赤司君は試合の調整って言い訳してたけどな」
「……」
「昨日何があったか教えてくれたら、さっきの写真、消したってもええけど」

芦屋に言ってボコボコにされるか、赤司に見られて引かれるか。恥ずかしさの度合いはどっこいどっこいの、究極の決断である。

マキの心の天秤は揺れに揺れ、

「……ごめん、えりか。トイレ行ってくる」
「はぁっ? ちょっとマキふざけてんの!?」
ひとまず逃げる、を選択した。


急に辺りが静かになったと思えば、タイムアウトが終了したらしい。
出口に向かう途中ちらっと見えたコートには、開始線に根部谷の巨体、そしてマキには見慣れた赤色がよぎった。

芦屋の言うとおり、赤司は次から出場するらしい。
予定では赤司は出ないと決めていたのなら、確かに謎だ。言っては悪いが戦力差は明らかで、余程のことがない限り点差は広がるばかりだろう。無駄を嫌う赤司らしくない。


マキが急に悪寒に襲われたのは、そんなことを考えながら女子トイレの入り口に立ったときだった。

「おや、先ほどの」
鏡の中で、猟犬と目が合う。
つい数十分前にすれ違ったその男は、ぐったりした菅田を荷物のように担いでいた。

「……何、してるんですか」
「なにって言われてもねぇ。しいて言うなら、嫌がらせ?」

ーー逃げなきゃ。
だが、後ずさったマキの後頭部に鈍い衝撃が走る。
「おーおー、また会うたな。べっぴんさん」

薄れゆく意識の中で、聞き覚えのある下卑た声を、たしかに聞いた。


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