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翌日、9時半すぎに登校したマキが真っ先にしたこと。
当然、赤司の所在の確認である。

「良かったぁ……」

今教室で顔を合わせなければ、赤司と同じ時間にシフトが入っていないマキは、今日一日は顔を合わせなくて済む。
明日の代休が明けたらまた赤司の隣で授業を受けなければならないが、とりあえずは気が楽だ。

「な〜に〜がぁ?」
「ひぃっ! えりか!」
心の底からほっとしていたマキの頭に、愛の鉄槌という名の殴打が降ってきた。

「……痛いなぁ。まだあと20分もあるじゃん」
「何言うとんねん。ミスコンまで実質あと10分やで? 着替えとメイクと移動時間こみで」
「でもさ、時間通りに行ってもどうせ始まるまで30分は待たされるんでしょ? 投票は10時半からなんだし、5分くらい……」
「ごたくはええからさっさと行きや」


芦屋に否応無く連れてこられた控室で、渋々と看護婦セットに着替える。

「やっぱり恥ずかしいんだけど……」
マキの叫びは勿論黙殺され、衣装係の面々はそれぞれ化粧道具を構えた。

「マキちゃん、諦めてそこ座り?」
マキは期せずして昨日の赤司とほぼ同じ状況に追い込まれている。
そのことに気付いて、本当に唐突に、唇に触れた感触が蘇った。

ーー昨日、ここで赤司とキスをしたんだ。

「あんまり肩に力入れんと、そのデカい目にアイライナー突っ込むで?」
「……すいません」


今度ばかりは、マキが謝れば済むような単純な話ではない。
赤司には椎木という彼女がいるのだから、マキは拒絶されてしまうし、きっと嫌われる。
それが怖くて怖くてたまらない。

好きだから。

そう、マキが赤司のことを好きだからだ。


「えりか、かなりええ仕上がりやさかい、見てみ」
「どれどれ? おー、すごっ! これなら上の方狙えるんちゃうか。なあ、マキ……マキ?」

いつの間に。とりあえずうんとだけ言っておくと、芦屋は不審そうな顔をしたが、時計を見て慌ててマキをどつくのを中断した。

「やばっ! もう時間や。しゃあない、中庭突っ切ってくで」
「いいけど……あれ? えりかも出んの?」
「まさか。投票中の監視員や」

廊下を駆け抜けて、ようやく芦屋の意図を理解した。ナース服で全力疾走するには、いささか目立ちすぎた。
その点、中庭は安心だ。基本的に立ち入り禁止だからほぼ無人になっている。
正確には、そのはずだった。


マキが、常緑樹の陰で赤司と椎木がキスしているのを目にするまでは。

必死で声を出すまいとしたら、ひくり、と肺が引きつる。
それ以上、見ていられなかった。

芦屋はその光景に気付いているのかいないのか、振り向きもせずマキの2歩ほど前を走り続ける。
中庭を抜け、グランドに出て、やっと芦屋はマキの顔を見た。


「気張りや、マキ」

それがミスコンに対してなのか、赤司のことに気付いてなのかは分からないけれど、このときほど芦屋に感謝したことは無かった。

もしマキ1人だったら、粘着質な感情に飲まれたまま、あの場から動けなかっただろう。


嫉妬、という、今まで体験したことが無かった感情に。

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