38

マキが焦りに焦りながら廊下を駆け抜ける現在時刻は8時50分。
つまり、開場10分前である。


「遅れまし、たぁっ!?」

教室に飛び込んだ途端に奇声を発したというのに、マキにおかしな視線を向ける者はない。皆、ただ菩薩のような笑みを浮かべている

「まぁ〜た遅刻かいマキ。もう皆用意出来てんで?」
「ごごごめん」
「ん? なんか言いたいことでもあるん?」
「いや、あの、その格好ハマりすぎてすごいなあと。某毒舌女医に似てるというかほとんど一緒というか……」


たとえ似非女医から脛に蹴りをくらったとしても、目の前に広がる景色からは目を離せなかった。
マキは痛みも忘れて「わぁっ」と歓声を上げる。

「すごいよこれ!頑張ったね」
「やろやろ? おかげでな、他の団体もウチらに対抗して、全体的にクオリティ上がったって言われたんよ」

白を基調とした装飾は勿論のこと、受付はデスクを模した教員机、客席は丸い回転椅子、メニューはカルテ風、とかなり細部まで病院設備を再現している。
それぞれを制作し終わったときは大して何も思わなかったが、こうして全部並べてみると圧巻だ。


と、気をとられていたら、いつの間にかマキは3人の女子に拘束されていた。

「え、何!?」
「お着替えタイムのはじまりはじまり〜」
「ほら、マキちゃんかわええんやから、ちょっとは貢献し? な?」

衣装係の2人に笑顔で凶器(化粧道具)を突きつけられたマキは、大人しく両手を上げた。

マキが抵抗しないと見るや、芦屋は掴んでいた腕を離し、そして言う。

「逝ってらっしゃい」
1年女子に割り当てられた更衣室へと引きずられゆくマキの耳には、確かにそう聞こえた。



「あらすごい。赤司君、件のマキが帰ってきたで。見てやってくれる?」

開場2分前になってようやく生還すると、教室に赤司がいた。制服姿のままのところを見るとシフトはまだらしい。

考えてみれば赤司の白衣姿を拝めるなんてチャンスはもう2度とないだろう。あとでいつだか聞いておかなきゃ。


「……和泉?」

「な、なに」
真正面から怪訝そうな赤司の視線とかちあったおかげで声が裏返った。
さてはくだらない想像がバレたかと思いきや、何となくそんな感じではない。

疑問系、それも呆然と、なんて言葉がぱっと降ってきた。


「さしもの赤司君もこれにはクラックラどすか?」
芦屋の冷やかしにどぎまぎしたのはマキばかりで、赤司は「さぁ?」と僅かに肩をすくめただけだった。

「それより僕は化粧の力を思い知らされたよ。改めて」
「……どういう意味?」
「恐れをなしたと言ってもいい。あの和泉が女子に見えた、なんて」

そうか、宣戦布告か。

「はぁ? じゃあ普段は何に見えてるわけ、赤司には」
「しいて言うなら宇宙人」
続いて息を大きく吸い込むと、芦屋に手で制された。

「どうどうどう。落ち着き、マキ。ほら赤司君も、明日のミスコンはナース服にバージョンアップする予定やからそんときは素直に褒めたって」

「……前向きに検討しておこう」


赤司が教室を出て行くのとちょうど同時に、時計は9時きっかりを指した。

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