35

本屋から出てくるマキの姿を認めると同時に、赤司は改札の方へ足を向けた。

どうやら店先で待ってくれていたらしい。

浮かれていたのもつかの間、どんどん開いていく距離。
忘れてた。慌てて赤司の歩調にチューニングする。


「僕は、そんなに疲れているように見えるのか?」
一瞬考え込んで、その言葉がさっきの話の続きだと気付く。
赤司だって、接続詞も何もない。マキのことは言えないだろう。

「ううん、そういう訳じゃないよ。少し隈が出来てるから、何となく言ってみただけ。でも、当たってるんだよね?」
「……言われてみればここ数日忙しかったかも、しれない」

赤司は否定も肯定もしない。自分の弱みを見せたくないんだか、見せられないんだか。
もしかしたら両方かもな、とマキが笑うと、赤司はムッとしたように眉を寄せた。

ふと、本当にふと、という表現が当てはまるのだけれどーー
椎木の前ではどうなんだろう、と思った。


「今日のお昼だってご飯食べながらミーティングじゃん。ちょっとは休む時間作ったら?」
「出来ることなら僕だってそうしたいが、学園祭が終わるまでは無理だろうな。練習は通常通りあって、クラスの出し物と試合の準備とーー、」

「試合?」
マキが聞き返すと、「言ってなかったか?」と不思議そうな顔をされた。

ここ最近の記憶をさかのぼってみたが、やっぱりそれは初耳だった。
どうやら赤司はそのことを言った相手とマキを間違えたらしい。

でも、誰?


「学園祭2日目に上洛学園に出向いて交流試合をする予定があってね。僕は出場しないんだが、色々と調整が面倒で」
「ふーん。大変だね」
1日24時間ではとてもじゃないが足りなさそうだ。

「そうそう、お前と違ってやらなきゃならないことが多いんだよ」
「……生憎、帰宅部で委員会もやってないもので」
「そう卑屈になることはないさ。物は考えようと言うだろう?」
「部活で出られない人のシフトを肩代わりしろって言いたいんでしょ。分かってるよ」
「僕に対する認識を知りたくなる解答だな。全くもって」


すいてはないが混んでもいない電車に揺られながら、とりとめのない会話は続く。

以前と何ら距離感も空気感も変わってないから、昨日赤司に彼女が出来たってことも抜け落ちてしまいそうだ。


これは変わらないものなのだろうか?
いつしか変わってしまうものなのだろうか?

居心地が良すぎるがゆえに答えのない質問ばかりがマキの頭を回る。


「幸い洛山の学園祭はチケット制じゃないから色んな人間がやって来るし、僕が行く上洛学園もウチと同じ日に開催されるんだそうだ。時間を見つけて、行ってみるなりしたらどうだ?
良い刺激になると思うぞ、恋愛音痴」

「……なに、彼氏でも見つけてこいと」
「リア充と呼ばれるようになった人間に言わせてもらうとね」


ぴたりとマキの思考が止まる。
変化の音を、ずっと近くで聞いた気がして。

赤司がどういうつもりなのか、マキには本当に分からなかった。


「爆発すればいいのに」

御免こうむる、と赤司は言った。


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