34

時は、1000年前の日本。
彼女は巫女として生まれ、幼い頃から現世から隔絶された山奥で暮らしてきた。
だが、ある嵐の晩。怪我をした旅人が彼女の仕える神殿にやってくる。

"どんなことがあっても、親族以外の男性に接してはいけない"

旅人をこっそり匿いながら、彼女はその禁忌の意味を知ることとなる。
ある日突然、彼女は霊能力を失った。

ーー旅人に、恋をしていた。

当然そのことを知った彼女の親族は怒り狂う。外で生きる術を知らない彼女に、役立たずは出ていけと告げる。
そんなとき、旅人は彼女にこう言った。

一緒に外の世界へ行かないか、と。



マキの御用達、漫画の1話試し読みはそこで終わっていた。

なまじ作者が有名だったから、肩すかしを食らった気分とでも言おうか。
ヒットタイトルの2つほど前に描いていた話らしく、絵は上手いが話の構成は稚拙で設定もありきたりだ。

なのに、どうしてだか心に残るものがあった。


小冊子をもとに戻し、買う予定のマンガたちをよいしょと持ち上げる。
漫画コーナーからレジに向かうと、最後尾に洛山の制服を見つけた……と思ったら、赤司だった。部活帰りらしく、重そうな部活バックを肩にかけている。

さあ、なんて声をかけよう。

数秒迷った末、


「赤司も寄り道なんてするんだね」

怪訝そうに振り向いた赤司の手には分厚いハードカバー。
そういえば初めて会ったときも小難しそうな本を読んでいたっけ。

「……和泉。お前こそ何だそれは」
「なにって、マンガ。ちょっとブーム到来してて」
「その量のどのあたりがちょっとってレベルなんだ……?」

マキの腕の中に積み上げられた『君に届けばいいのに』全17巻は、赤司を絶句させるのに十分なインパクトだったらしい。

「友達に借りたらハマっちゃって、せっかくだから揃えたくなったの」
「で、全巻一気に買うのか。どうせすぐに飽きるんだ、やめておくのを勧めるが」
「もー、別にいいじゃん」
「それに、ずいぶんベタベタな少女漫画を読むんだな」

赤司はマキに意外そうな眼差しを向けた。
その拍子に目元にちらりと影がよぎる。よく見ればうっすら隈が出来ていた。
珍しいことにかなりお疲れらしい。

「ねえ赤司、今日何時間寝た?」
「何だ、急に。せめて接続詞ぐらいつけてくれ」
「いいから、早く」

「……3時間」

いや、珍しくないのかもな。
次にお並びの方どうぞ、と店員に呼ばれて行く赤司の後ろ姿を見ながら、思う。

好きだとか、好きじゃないとか以前に、赤司のことを「見て」いなかったのかもしれない。


猫またが見えなくなって、見えてくるものがあるなんて。


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