32

その日の放課後。
平和に掃除中だった教室は、ある級友の乱入によって、まさに激震が走った。


「なぁ、みんな、ちょっと聞いて!!」

芦屋とのダベリを中断し、ほうきを軸にして声が聞こえた方向に向き直る。
なんだなんだとざわめく教室に、次の瞬間発せられた言葉は、


「赤司君が馬術部の部長と付き合うことになったんやて!!」

赤司を見つめていた椎木の切なそうな眼差しが、マキの脳裏にフラッシュバックした。



「「「「「えええええええ!!??」」」」


驚きのあまり顎が落ち、ほうきが落ち、椅子が落ちて、掃除監督をしていた梅田も思わず立ち上がった。

「おい、情報元はどこや!」
「確かやで。さっき体育館裏で、私のこの目で見たんやから!」

「ちょっ、ちょっと、もうちょい詳しく」
「赤司君はなんて!?」
「相手は美人?」
「そこから先の進展は!!」

矢継ぎ早に浴びせられる質問に、乱入者は一言「以上ッ!!」とだけ叫んで、来た時と同様猛ダッシュで教室を去っていった。



「さすがは赤司君やわ」

頭の奥が、まだじんじんしている。
教室だってもはや掃除どころじゃなくなってしまったというのに、隣から聞こえてきた芦屋の声はいやに冷静なものだった。

「……反応うすいね。かなり意外なんだけど」
「別に、そんなに驚くことでもないやろ。あのスペックで今までフリーだった方がおかしいんやし。むしろマキがそんな顔してる方が意外やで」

どういう意味だろう。芦屋は赤司のことが好きなのだと思っていたけれど。

「そう、かな。あたし、相手の先輩も知ってたし、」


「えっ!? マキちゃんマジで!?」
芦屋との会話を聞き取ったらしい男子のせいで、クラス中の視線がマキに集中した。

「あ、うん。2年2組で、椎木悠花って名前だったはず」
「俺知ってる! あの、学年2位の超キレーなセンパイやろ!」
「背が高くて髪長い?」
「そーそー、その人やその人!」

話題の中心がまたずれていく。
マキがひと息ついたところに、芦屋が不意に怒ったような顔をした。

「……え、ごめん、あたし何かしちゃった?」
「あーはいはい、現在進行形でしとりますわ。マキ、何で私のこと避けるん? さっきから」
とげとげしい言葉の裏に、寂しさが見え隠れした。

「それは違くて、その……えっと、昨日マジバであたし達のこと、見てたって聞いて」
ぐっと言葉をつまらせる芦屋。
やっぱり、後ろめたいことがあるんだ。


「瑞樹たちか……ひとつ誤解しとるようだから、この際ちゃんと言っとくな」

芦屋は、ずんと沈むマキの頭を落ち着かせるように、一呼吸あけて口を開いた。


「私が好きなんは赤司君やのうて、実渕先輩や」

「へ?」
さらばカオナシ、来たれ化け物。
あまりのショックのスケールに、自分でもよく分からないことを口走りかけた。


「だから、瑞樹に何か言われたからって変に気ィ遣うのやめて。私はマキのこと応援してるから」
「いやでも今彼女できたばっか……って、え!?」


「ん? マキ、赤司君のこと好きなんちゃうん? さっきの顔、傑作やったで」


芦屋の言葉がマキのどこかにぴったりはまり込んでしまって。
どうやらそれが今日1番のショックだった。


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