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「だが、僕が推測できるのはそこまでだ。一種のパニック状態だというのは分かるが、流石に対策は思いつかない。……顔を見なければ、平気なんだろう?」

背中ごしの赤司の声がやけにくぐもって聞こえた。
それで少し、はっとする。

いくら赤司だって、顔を見た瞬間に拒絶されたら傷つかない訳がないんだ。


「顔色も最悪だぞ。少し保健室で寝てくるといい」
赤司は、いつまでも立ち去ろうとしないマキに痺れを切らしたように言った。

「……ごめん、赤司。ちょっとそのままでいて」

棒のようになっていた足を無理やり動かして、赤司のすぐ後ろに立つ。
こうしてみると、意外と赤司も大きい。


「何のつもりだ」
当然ながら、赤司の声音に当惑の色がにじむ。
「一瞬、目閉じてくれる? 試したいことがあって」
「……別に構わないが」

マキは赤司の左肩に軽く体重を預けて、腕を前に伸ばした。
手探りで左眼の位置を確認して、そっと指先で触れる。

まつ毛と毛細血管は体温をもって、ふるえている。


平面に見えたそこは、確かに立体が息づいていた。


「そのまま、こっち向いて」
「いいのか?」

「うん。お願い」
今まで微動だにしなかった赤司は、マキの手をおさえながら、ゆっくりと振り向いた。


「あ……」

見える。

「赤司、見えた……っ!」

「そうか。それはお役に立てたようで良かった」

赤司はどう反応していいか分からない、というような微妙な顔をして、マキの手を外した。

最後に隠れていた黄色い瞳が姿を現す。
同時に猫またの姿も現れて、思わず涙が出そうになった。

本当に、ほっとした。
のっぺらぼうの世界じゃ、無くなった。


勿論、研究室から廊下に出ても。


「和泉、さっきみたいなことはよくあるのか? 人の顔が認識出来なくなるっていう」
赤司は試合の記録らしいMDを弄びながら、思い出したように歩くスピードを緩めた。

「ほんとにたまにだけど、ね。前回がいつだったかすら忘れちゃった」
「じゃあ、原因は?」
「え?」

「どんな現象にも、必ずきっかけがあるはずだ。6限が始まるまでは異常は無かったんだ、心当たりはあるだろう?」


原因と言われてぱっと思い出したのが、地味な小動物と、妙に濃いアイラインだった。

『トモダチなくしとうないなら、これ以上赤司君たちに近付かんといて』

まさに本末転倒。のっぺらぼうと向き合うので必死で、今の今までそのことを忘れていた。

まずい。かなり、まずい。

誰だってドロドロとした感情は抱えているけれど、それを言葉にするとしないとでは、次元が違うほど隔たりがある。

しかも、相手はクラスでも派手なグループだ。


「んー、わざわざ言うようなことは、これといって無いよ」

もっと突っ込まれるかと思えば、「それならいいが」とだけで、それ以上言及してこない。


マキがちらっと表情を盗み見ると、赤司は何かを考えこむように、廊下をじっと見ていた。


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