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この前はどうしたんだっけ。
のっぺらぼう症候群を、どうやって元に戻したんだっけ?

「おーい看板班、そっちに赤司さんいる?」
「はァ? おらへんよ。教室にいーひんの?」
「おらんから言ってんやろが。あー参った。聞きたいことあったんけど……和泉は心当たりない?」

個性が排除された世界では、重苦しいだんまりを打ち破ってくれた恩人の顔すら、のっぺらぼう。


「……多分、2年の先輩のとこだと思う。今朝忙しくて、部活の資料渡しそびれたってさっき言ってたから」
「マジか。2年の教室なぁ……」
行かへんと芦屋にどやされるな、という歯切れの悪い返答。

「あたし、行ってこようか?」
「ホンマ!? ええの?」

見るまでもなく、ぱぁっと顔を輝かせる男子とは対照的に、女子たちの纏う空気が微妙なものになる。
けれど当人たちだって、先輩の教室に、それも赤司を呼びに行くような度胸なんてありはしない。


「いいよ。全然」
「助かった! サンキューな」
予想通り、マキは難なく1組の廊下から脱出することができた。



月曜日の6限は3学年ともホームルームということで、校舎が全体的に騒がしい。どうやら、どこも学園祭の準備に追われているようだ。とぼとぼと階段を上がり、2年生の教室にさしかかったあたりで、はたと重大なことに気付いた。

マキはあの3人組の内、1人としてクラスを知らない。

「……聞いとけば良かった」


それと、もう1つ厄介なことがある。こんな不安定な状態のままで赤司と顔を合わせたら、聡い彼は当然マキのことを訝るだろう。
猫またのことも感付かれたくないけれど、何より、たかが女子にひがまれたくらいで赤司の手をわずらわせたくない。

そんなことを言えば、彼女たちはマキの自惚れだと嘲笑するだろうか。



「おっ? 和泉じゃねぇか」

マキが気休め程度に辺りを見回していると、ちょうど前の教室から誰かが出てきた。
顔は判別できないが、声と体格からして根武谷だ。

隣にいた男子生徒(体積は根武谷の半分以下だった)がマキを見て素っ頓狂な声をあげた。


「あ、根武谷さん、ちょうど良かった。あの、」
「嘘やろ!? 何やねんリアル美女と野獣って!? ちょお説明しいやそこの野獣ゥゥ!!」
「あー、説明しろって言われてもなぁ。フツーに部長の彼女?」
「それぜってぇ普通じゃねぇだろ!?」
のっぺらぼうが真正面を向いたまま、マキに迫ってくる。

純粋な、恐怖。

マキは後ずさりかける衝動を必死に抑えながら、からからの喉から声を絞り出した。

「あの……赤司、見ませんでしたか?」
「お、おお。赤司なら今さっき来たから、いつもの社会科研究室にいると思うぜ」
「そう、ですか」

「そんなことより、お前の顔、真っ青だぞ? 平気か?」


けれど、マキには「大丈夫です」と言って立ち去ることしか出来なかった。



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