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少しおかしいと思う。
マキの足では家からクラスまでも30分はかかるのに、広大な敷地のはじにあるはずの厩舎まで20分ちょっとで着いてしまった。
「和泉の足が遅すぎるんだろう」
「絶対、赤司が速すぎるって! 何でこんな山道なのに息ひとつ乱れないの?」
マキはもう息も絶え絶えだ。精一杯抗議してみたものの、
「毎朝ロードワークで走り込んでるから」
と、分かっていたけど、赤司は気遣うそぶりすら見せない。
むくれながら息を整えていると、マキたちの声を聞きつけてか、厩舎に隣接する建物から部員らしき人が出てきた。
背の高い、きれいなそのひとは、ヘルメットにブーツという馬術特有の出で立ちだ。
ぼうっと見惚れているマキを見て、なぜだかそのひとが顔を強張らせたような気がした。
「椎木部長、久しぶり。あまり来れなくて申し訳ない」
けれど、それは一瞬で、部長だというそのひとは柔らかい笑みをたたえる。
「そうね、2週間ぶりくらいだったかしら。でも手土産に入部希望の新入生を連れてくるなんて、さすがは赤司君やわ」
「はは、幽霊部員もいいところだから、せめてものお返しにと思ってね。それで彼女、初心者なんだが、とりあえず体験乗馬ぐらいは出来る?」
「ええ。1人分ぐらいはあるんやないかな」
マキが「こっちよ」と連れてこられた更衣室には、準備中の女子部員が10人ほど。
椎木に渡された予備の服はちょうど良いサイズだった。
マキの姿に気付いた何人かが怪訝そうな眼差しを投げかけると、椎木はパンパンと大きく手を打った。
「はい、全員こっち向き。今日は新入生の子が来とります」
一斉に視線が集中し、条件反射で肩が強張る。ここは自己紹介、だよね。
「いっ1年1組2番、和泉マキです。よ、よろしくお願いします」
すると、やっぱりクスクスと笑い声。誰かの「2番やて」という言葉に、今度は顔まで赤くなった。マキは色々としくった、らしい。
「初心者やから、困ってたら声かけてあげてな。ほな、和泉さん、行こか」
「は、はい。すみません」
椎木にまで笑われないことにほっとしつつ、次にマキが連れてこられたのは厩舎だった。
馬って、美しい動物だなあ。
今日はとりあえず誰かに手綱を引いてもろうてね、と締めくくられた説明を聞きながら、ふとそんなことを思った。
つやつやとした茶色い毛並みは、やっぱり滑らかで気持ちいい。普段2人で世話をするというその馬は、マキがちょっと撫でたぐらいでは微動だにしなかった。
「この子、名前なんて言うんですか?」
「ゴールド。去年の記録会じゃ一番速かった馬なんよ」
撫でる手を首に移動させると、ゴールドは気持ち良さそうに軽くいなないた。
「ふふっ、よっぽど動物好きなのね」
「え……わりと小さいころから、そうですね」
「やっぱり。ゴールドにめっちゃ好かれとるから」
そうですか? と聞き返すと、すぐ後ろで馬の蹄の音がした。
椎木がちらりと視線を向ける。
その先に、猫またが馬にまたがっているという、恐ろしくシュールな光景が展開されていた。
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